場当たり観の変化

朝、日暮里の六文そばでうどんを食べる。
ジャンボゲソと玉ねぎ天をのせると、丼からはみ出した。

11時に劇場入り。
今日も暑く、日差しが強かった。
昨日別現場だった潮田君は、今日が小屋入り。

2時から場当たり開始。
音響と照明と役者が、芝居の心地よいポイントに向かい、合わせていくための作業。
どちらかに合わせるのではなく、リズムと技術と整理と感覚とタイミングを合わせる作業。

去年まで、場当たり前に強いストレスを感じていた。
重要な作業だと思っていたからこそなのかもしれない。
だが、ストレスの原因となっていたものは、間違っていたんじゃないか。
きっかけの確認に終始していて、すべてが合流するポイントを探るという視点がなかった。

場当たり開始から落ち着いていた。
シーンをやや長めにやり、振り返っておかしいところを確認し、もう一度やり直す。
稽古に似ている。

夕方5時に休憩を挟み、続きをやる。

9時に場当たりは終了。
終了したのは良かったが、夕食の休憩を取れなかったのは失敗だ。

お弁当の余りの天丼をもらう。
役者は解散。
照明の残作業後、11時に退館する。

ポケットに自転車の鍵がなかった。
高円寺の駐輪場に行くと、鍵が自転車にさしっぱなしになっていた。
駐輪場は自転車の所有者が集うところだから、逆に盗まれなかったのかもしれない。

12時過ぎ帰宅。

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