三度目の銚子川

4時過ぎにいったん起きたが、朝ご飯を7時にお願いしていたので、二度寝した。

6時に起きた時は、もうそれ以上寝られそうになかったので、荷物を整理したり、帰りの時刻表を調べたりした。

7時少し前に、宿の人から朝ご飯の支度ができていると言われたので、隣の部屋に移動し、朝ご飯を食べた。ご飯、味噌汁、さんま、味海苔、焼きなす、卵焼き、サラダ、梅干し、漬物。

しみじみと美味しかった。ご飯をおかわりした。

歯を磨き、顔を剃り、荷物を整理し、8時40分頃に宿代を払ってチェックアウトした。「今日はどちらへ?」と聞かれ、「ブラブラします」と答えた。いい宿だっだ。たぶん、また来ると思う。

銚子川のまいこみ淵を目指して歩いた。橋を渡って右に曲がってしばらく行くと、河原に出るための小さい階段があった。そこを下り、原っぱを進むと、河原に出た。誰もいなかった。

三年前に初めて銚子川に来た時は、ちょうどコロナの感染者数が増えているタイミングだったので、パーキングは閉鎖されていた。そのため、少し尾鷲寄りにある道の駅に車を止め、まいこみ淵よりも上流の河原に下りて、そこで川遊びをした。そのあたりは深いところでも膝くらいまでしかなかった。

二年前は相賀駅からまいこみ淵まで歩いて行った。淵は水深が3メートルあり、シュノーケルをつけて遊ぶにはもってこいの場所だった。しかしこの時は天候に恵まれず、空は暗く、時々雨が降ったりしたため、透明度の高い銚子川といえど、水の中は暗かった。

今日は朝から快晴だった。しかも、河原にはまだ誰もいなかった。清流独り占めだな、と思った。

早速、マスクとシュノーケルをつけて、川に入ってみた。水はかなり冷たかった。人がいないのは、朝のうちはまだ水温が低いからなのだろう。しかし、水面の水はややぬくまっていたので、潜りさえしなければ大丈夫だった。

フィンをつけずに泳ぐのは久しぶりだった。つけないと、キックをしても何の意味もない。むしろ、平泳ぎのカエル足をしたほうが、推進力を得られる。

実際、ダイビングをする前は、草シュノーケリング一辺倒だったし、泳ぐのはもっぱら平泳ぎで、推進力は手で得ていた。ダイビングは手で進んだりすることはまったくない。

まいこみ淵周囲を15分ほど泳いで、いったん上がった。水温が20度を切っていたのは間違いない。水から上がっても、しばらくは体が冷えたままだった。

ラッシュガードを持っていないので、昨日着ていたTシャツを着て、再び水に入ってみた。多少は冷たさが気にならなくなった。また、水温は徐々にだが上がっているようだった。

水深のあるあたりを泳いでいると、下の層を大きい魚が泳いでいた。河口から登ってきたボラやシーバスではないかと思った。これらのシーバスがおそらく捕食対象としているであろう小魚の群れも見つけた。魚種はわからなかった。鮎か、オイカワか。

上がってから、着ていたTシャツを絞って、川に生えている植物に被せて干した。日差しは強く、すぐに乾きそうだった。

川に入っては上がってを繰り返し、干したTシャツが乾いてきたタイミングで、すこし下流に移動してみることにした。

下流の浅いところを徒歩で向こう岸に渡り、来る時に渡った橋の下をくぐって、荷物を岸の護岸に置き、川に入ってみた。流心は、舞い込み淵ほど深くはないが、それでも1メートル50センチ以上の深さがあった。大きな魚の群れはなく、水底にいるハゼ科の生き物がよく見えた。泳ぐには、まいこみ淵の方が面白いと思った。

まいこみ淵に戻ると、犬を連れた男性が、犬と一緒に泳いでいた。また、家族連れが着て、救命具をつけた子供たちと母親が、まいこみ淵の向こう岸沿いを泳いでいた。父親らしき人は、岸で釣り糸を垂れていた。

11時まで、心おきなくシュノーケリングをして、銚子川をあとにした。

昼飯を、近くにあるとんかつ屋で食べようかと思ったが、それほど腹は空いていなかった。

で、前回来た時に訪れたケーキ屋『エトワール』へ行き、ショートケーキとレモンレーヌを買い、駅の待合室でコーヒーを飲みつつ食べた。

食べ終わると、なにか物足りないような気がした。もしここで昼飯を食べなかった場合、次に食べ物を買えるのは名古屋で、時刻は夕方だった。

荷物を待合室に置き、ケーキ屋の向かいにある主婦の店に行き、天丼を買った。店のレンジでそれを温めた。

待合室に戻ると、老人が別のベンチに座っていた。気にせず天丼を食べた。食べ終わると汗が大量に出た。

一眼レフを出し、駅の写真を撮ったりしていると、老人は待合室から出て行った。列車に乗る客ではなく、ただ涼みにきただけのようだった。

12時36分の多気行きに乗り、『帰って来た桃尻娘』を読んだ。

多気で、快速みえの名古屋行きに乗り換えた。

『帰って来た桃尻娘』読了。大学生になってからの榊原玲奈が、元カレ松村のダサさに怒ったり、処女喪失から中絶まで一気に経験した醒井が変な風に変わったことを怒ったり、磯村が川木田とつき合っているのを知ってショックを受けたり、同じサークルの田中くんと寝たり、田中くんの友人利倉くんとつき合うようになったり、お金貯めるためにバニーガールのバイトをしたり、バニーの格好した自分にうっとりしたりしながら、大人になっていく話。

磯村や木川田やその他の登場人物に比べて、玲奈は頭一つ抜けて『大丈夫』な感じがする。バニーの格好して、自分がけっこうイケてることに喜ぶところなど、笑ってしまった。

『無花果少年と瓜売小僧』読み始める。

名古屋で、豊橋行きに乗り換えた。車内は混んでいた。新幹線の保守車両が事故を起こした関係で、東海道新幹線は今日、名古屋から浜松間の運転を見合わせていた。

一瞬、中央線経由で甲府を回って帰ろうかと思ったが、路線案内を検索すると、普通列車だけでは本日中に東京に着くのは無理だった。

豊橋駅のホームは人で溢れており、浜松行きに乗るためには、長い行列の後ろに並ばないといけなかった。

その列は、ホームの階段を上ったところから、新幹線の改札方面に続いていた。まっすぐ行って帰ってくるだけと思っていたが、進むにつれて、列はもっと長く続いていることが分かった。

列は、JR在来線の改札内から、新幹線改札の中に入り、そのまま新幹線改札の外に出て、駅東口へと続いていた。東口から外にを出ると、列は右に曲がり、『レイク』の看板の手前まで伸び、そこから折り返していた。

並んでいる途中、駅のアナウンスが流れた。浜松行きに乗るには列に並んで2時間以上かかる、水分補給をせよ、等々。

水分補給といっても、こちとら列に並んでいるから、自販機に買いに行くことはできなかった。

喉は渇いていた。しかし、一昨日のライブで感じたほどではなかったので我慢した。

折り返し点を過ぎ、再び駅構内に入った。時刻は6時を過ぎていた。浜松まで行けば、そこから先は新幹線の折り返し運転をしているはずだから、在来線はそこまで混雑していないはずだと思った。しかし、豊橋でかかった時間の分だけ、乗る列車の時刻は遅くなるはずだった。場合によっては、途中で新幹線ワープを使わないと、本日中に東京に帰れないかもしれないと思った。

新幹線の改札内に再び入ってからは、列の動きが速くなった。構内で何十分か列車待ちするに決まっていると思っていたのだが、動きは止まらず、結局そのまま、止まっていた浜松行きの列車に乗ることができた。

豊橋を出たのは7時前だった。外は暗くなっていた。車内は混んでおり、当然座れなかった。

浜松には7時半過ぎに着いた。向かいのホームに静岡行きが停まっていた。迷わず乗った。

静岡行きの列車はそこそこ空いていた。ベンチシート席だった。あいている席に座り、『無花果少年と瓜売小僧』を読んだ。

9時前に静岡に着いた。腹が減っていた。マックでハンバーガーでも買おうと思ったが、改札を出るのに若干時間がかかったので、kioskでサーモン巻きと唐揚げおにぎりを買い、ホームに戻って食べた。

21時14分の熱海行きに乗った。ここまで来れば、とにかく都内までは移動できることがわかっていた。そうなれば、終電がなくなったとしてもLUUPでなんとか帰れる。

熱海で、東海道線品川行きに乗り換えた。グリーン車チケットを買った。シートを後ろに思い切り倒し、本も読まずにしばらく仮眠をとった。

品川で山手線に乗り換え、新宿で総武線に乗り換えた。総武線は、新幹線運休の影響で電車が遅れており、すでに終わっているはずの三鷹行き最終に乗ることができた。

高円寺で降り、駐輪場から自転車で帰宅。静岡県内のどこかの駅で野宿することになると半ば覚悟していたが、上出来な結末だった。

シャワーを浴び、3時就寝。