一日葬

8時起き。足の腫れは引いてきた。

水耕栽培の水を足す。水やりではなく水足しが日課になっている。バケツ一杯6リットル。それだけ減っている。土で栽培している時はむしろ水やりを控える。今、トマトらがごくごく飲んでいる水は、成長に寄与しているのだろうか? そう思いたい。確かに土耕栽培に比べると考えられないほど大きく育っている。

きゅうりともずくの和え物を作って食べた。

11時過ぎに家を出る。堀ノ内斎場隣の小さな会場へ。伯母の葬儀に出席した。

一日葬ということで、通夜をせず、香典も精進落としもなし。初七日も兼ね、告別式から納骨まで一日でやってしまう葬式だった。
控え室に入ると、従兄弟の兄ちゃんがいた。挨拶をする。うちの家族がすでに来ているという。
会場に行くと、母と妹が焼香の順番について小声で激論を戦わせていた。父は少し離れたところにいて、建物を見ながらその構造について考えている風だった。

12時に葬儀が始まった。曹洞宗の焼香で、二回するようにと言われた。お経を聞いていると、日本語で読まれているのだなとわかった。意味を追ってみたが途中でわからなくなった。
棺を花で満たし、霊柩車に運んだ。男手が少なかったので、運び手になった。

斎場でお別れをしてから、控え室で40分ほど待った。その間、母の兄である伯父と、従姉妹の姉さんと話した。従姉妹はオレと干支が同じで、ひと回り年上になる。見た目は10年くらい若く見えた。阿川佐和子系統の見た目で、上品な人だ。
伯父と、死んだ伯母さんのことを話す。伯母さんの家に遊びに行き、昔の話を色々聞いたことや、おばあちゃんの家の話など。伯父さん、興味深そうに聞いてくれて良かった。

40分経ち、骨壺に骨を入れた。喉仏が綺麗に残っていた。係の人いわく、女性では珍しいとのことだった。父が、喉仏はどこの骨なのかを聞くと、その人は「第二頸椎です」と答えた。我々がそれと認識している喉の膨らみは、軟骨なのだそうだ。

タクシーで阿佐ヶ谷の天桂寺へ。伯母の入るお墓へ行き、骨壺を収めてもらい、線香をあげて合掌した。式はそれですべて終わった。かかった時間は二時間と少しだった。

伯父さんと従姉妹に挨拶をした。
「話せて良かった」
と伯父さんはいい、握手を求めてきた。両手で応じてお辞儀した。もっと色々話したかった。
母と妹は伯母のマンションに片付けに行くとのことだった。青梅街道への道を教えた。

天桂寺から歩いて家まで帰った。歩いて10分だった。

革靴を脱ぐと、右足が少し痺れていたが、痛みはなかった。クッションに座り少し休憩してから、パンクしたクロスバイクを引きずって阿佐ヶ谷のサイクルショップまで歩いた。修理を頼んでから大江戸寿司へ行き、10皿食べた。修理終わりまで時間があったので、本屋にはいり、ユリイカの鈴木清順特集を立ち読みした。「夢二」の頃の原田芳雄インタビューが載っていた。清順さんの「わからなさ」を役者としてどう受け止めるかについて、原田さんほど苦しみ楽しめているひとは少ないと思った。「ツィゴイネルワイゼン」で歌を任されたエピソードが好きだ。スタジオをとりあえず予約したものの、ノープランで、監督も来ず、その場にあった民謡の歌集をめくったら面白そうな歌詞があり、それをスキャットして録音した話。

サイクルショップで自転車を引き取った。チューブ交換はせずに済んだ。買ったばかりでそれは切ない。乗る前にサドルを少し下げた。上げすぎるのもまた良くないらしいからだ。

5時過ぎ帰宅。

夜、右足がやや熱を持ってきたので薬を飲んだが、二種類飲むうちの片方を二つ飲んでしまった。ネットで服用量を調べたが問題なさそうだったので、まあいいかと思った。

「石橋貴明のたいむとんねる」観る。ゲストは江夏豊だった。
有名なエピソードの枝葉の小話を聞けたのが良かった。
阪神から移籍した後、後輩にはデッドボールをぶつけていた話が笑った。
「川藤なんか、抑えても、うれしくもなんともないんですよ」
そんなら、ぶつけてしまえ、と。
無茶苦茶だけど、江夏先輩の前ではいまだに直立不動だという川藤のイメージも手伝って、大いに笑えた。

エンディングで、誕生日だという甘党の江夏にケーキを用意するシーンが挿入されていた。番組のためというより、江夏さんを祝うことを優先している感じがよかった。「幸せです」と江夏はつぶやいていたが、本心だろうし、番組がその一言を言わせたのは、素晴らしいんじゃないか? そういうところ、サイゾーとかはデフォルトで黙殺するが、あそこは、上の人がなにかとんねるずに個人的怨恨があるのかもしれない。

1時半就寝。

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