競馬とパチンコと探究心

朝、昨日買えなかった券が買えたので、少し気持ちが上がった。

夕方、自転車で大久保へ。初台から15分ほどで着いた。潮田くんと待ち合わせ、「ソルマリ」で飲んだ。
潮田くん、最近競馬にはまっているという。もともと好きだったらしいが、より深く楽しむようになってきたそうだ。
「100円単位で馬券買って、すべてのレースを見るんです。一日に3レースあると大変。2レースくらいが丁度いいですね」
競馬場に行くと、パドックへ行きレースを見てと移動したりで疲れ果ててしまうので、もっぱらJRAのサイトで動画を見ているらしい。

潮田くん、マーシャンはしないそうだ。パチンコやスロットも同様。ただただ競馬が面白いのだ。

オレは競馬はやらないが、面白いという人の気持ちはわかるつもりでいる。友達にも好きなのが何人かいる。今でもやっているのかは知らないが。
潮田くんの場合、「ダビスタ」をプレイしたという下地があり、初めて馬券を買った時、ビギナーズラックで勝ったことでさらに好きになっていった。

競馬も麻雀も、真剣にやろうと思ったことがなかった。機会はあったのだが、面白さの鉱脈に行き当たらなかった。たぶん、二十代の頃、パチンコをやっていたからだろう。ギャンブルはひとつに絞るべきと思いこんでいたフシもある。のめり込む性格なので、パチンコはけっこう真剣に打っていた。同じような熱心さで競馬にのめり込んでいたらどうなっていただろう。想像すると恐ろしい。

パチンコをやめたのは、規制が変わったことで好きな台がなくなったのと、単純に出なくなったからだ。釘や回転数など、攻略に人が介入する余地もなくなった。そうなると、もはや別のゲームといってよく、必ず負けると思っていながら打つことはできなかった。深くのめり込んだがゆえに、勝ち負けにシビアになっており、負けるとわかっていたら打たないのが習慣になっていた。それでやめられたのだ。そういえば、有名なパチプロ田山幸憲さんが亡くなった時期とほぼ重なる。田山さんがもし生きていたとしても、今の時代にパチプロをして生きていくのは辛かったろう。その姿は想像したくない。

競馬にはそういうことはない。競馬を競馬たらしめる基本的なルールは変わらない。麻雀も同様だ。パチンコは違う。90年代とはまったく別のゲームになってしまった。

競馬の話の次は、本能に基づく探究心の話になった。潮田くんは、過去の成功体験があると、次もうまくいくのではないかと期待してしまい、危ないと思いつつ橋を渡ってしまうことが、過去によくあったという。ただ、その結果、愛するものに災厄が及ぶ事態になったため、最近では危ない橋は渡らないそうだ。

店は夏に来て以来だった。テレビではネパールの歌番組が流れていた。夜のヒットスタジオみたいな見た目で、出演者すべてネパール人だった。
飲み物も食べ物も安く、店員は言葉が通じないが親切で、時間を気にせず飲めた。

10時過ぎに店を出た。調子に乗って豆系の料理を食べたら、お腹が膨らんでしまい、とても苦しかった。まるで仙豆をボリボリ食べたヤジロベーだ。

11時帰宅。