会話劇の醍醐味

6時台にいったん起きた。
外は雪だった。

7時に起きる。
玄米ご飯と大根おろしで朝飯。
土日と食べ過ぎたのであっさりめ。

8時5分に家を出る。
雪は雨に変わっていたが、かえって歩きづらくなっていた。
新高円寺までいつもより5分長くかかった。
丸の内線は混んでいたが、荻窪から二駅目なのでなんとか乗れた。
新宿まで、いつもの倍以上時間がかかった。

地下道を歩いて9時丁度に仕事場へ。
交通機関の乱れのため、オフィスには人が全然いなかった。

午前中、いつもの仕事をすると、やることがなくなってしまった。

昼、メンテナンスを終えてからも同様だった。

中島梓『小説道場』3巻読み進む。
1990年代頭から93年頃までの「JUNE」連載分。
この頃中島梓は、もとい栗本薫は、ミュージカルの作・演出をさかんにこなしている。
オレが『グインサーガ』をもっとも熱心に読んでいた時期で、そういえば刊行ペースはのちに比べて少なく、いつ出るのか心待ちにしていた。
そして、当時のグインは出来が良かったと思う。

午後、まったくやることがなく、数分おきにメールをチェックしたり、なんとなくAccessのコードを眺めたりして過ごす。
時間の流れが遅かった。

定時きっかりにあがる。
歩いて新宿三丁目へ。
6時からサニーサイドシアターにて、3月の芝居の稽古。
作品は「十二人の怒れる男」

先週末に配役が決まった。
オレの役は陪審員3だった。
昨年、演出の坂田さんとお話をした時に、年長者であることを言われたので、
(じじい役になるんじゃないだろうか)
と一抹の不安を抱いていたのだが、じじいじゃなかった。
じじい役は過去3回ほどやっており、なぜか毎回褒められる。
まるで、いつでもじじいになれるねと、空気の読めないガールに元気いっぱいの声で言われたみたいな気分になり、悲しい思いをして家路につき、枕を涙で濡らしては鼠の絵を描いたものだった。

今回は出演者に一人も知り合いがいないのが嬉しい。
9年前の三国志プロジェクト以来のアウェー感がある。

台本修正箇所の確認をしてから、読み合わせ。

大ざっぱにいえば、死刑執行確実と思われる少年について、陪審員達が議論し、証拠がほころびをみせていく話。
一人だけ死刑反対の男が陪審員8号で、映画ではヘンリー・フォンダが演じた。
オレの役は最後まで死刑に賛成する、いわば敵役といったところ。

初回の読みでは、敵役という言葉が自分の中で勝手に一人歩きし、最初から最後まで怒ってしまった。
怒りながら、
(なんでオレ、怒ってるんだ?)
という疑問も出てきたのだが、初回の読み合わせだし、黒澤映画「どん底」の三船敏郎みたいに延々怒るのも経験だろうと割り切った。

休憩に入り、両隣のヤングな男子女子と雑談する。
まだ男子女子とかくくらい、共演者の名前を覚えていないのだ。
そのうち覚えるだろうし、覚えるべき時に覚えた方が、忘れない。

二度目の本読み前に配役交換があった。
キャストと出演者を書き込んでいたのがシャッフルされ、誰が誰だかわからなくなったが、どうせまだ覚えていないのだからいいだろう。

二度目は、陪審員3の人生をやり直すつもりで読んでみた。
なぜオレは、かたくなに死刑に賛成しているんだろう。
証拠が上がっているからだが、どうも父親を殺すというところに、過剰に反応しているようだ。
家を出て行った息子への憎しみが拍車をかけているところもある。

っていうのは、テキストを読めば、解釈として出てくることだ。
実際に読んで、場の空気を想像しながら読むと、陪審員という仕事が面倒くさかった。
ああ、めんどくせえ。
死刑にしちまって、さっさと帰ろうぜ。
これに対し陪審員8号は、話し合いましょうと言う。
面倒くさい野郎だ。

でも、そんな風に面倒くさいで生きてきたから、息子に愛想尽かされたんだろう。
そして、そのことを本人はわかってなくて、怒りを燻らせている。

だから、最初から怒っている必要はないかもしれない。
いや、怒ってもいいし、怒らなくてもいい。
息子に家を出て行かれるオヤジ、みたいなあり方で、陪審員をやっていれば、そいつはみんなにとってイヤな奴だろうし、だからこそ陪審員8号との対比になる。
さらに他の感情もあるかもしれない。
バカなのかもしれないし、インテリくずれかもしれない。

2回目の読みは途中までだった。
本読みではあったが、会話劇の醍醐味を味わい、ひそかに楽しみつつはしゃいでしまった。

予想通り一人だけスーツで、おそらくみんなには、
(やべえ、リーマンがきたよ)
とか思われていたかも知れない。

10時に稽古終了。
新宿三丁目から地下鉄で帰宅。

ソーセージ、唐揚げ、レタスのサラダで夕食。
風呂にゆっくりつかり、中島梓『小説道場』4巻を読み始める。

投稿者の作品を最初に選別する編集者達と、中島梓の意見が合わなくなってきていた。
編集者達が面白かったという作品に、中島梓は首をかしげる。
その理由が、投稿者がJUNEを書く必然性にあるように思えた。
しかも、目次を見る限り、残り数回で最終回を迎えている。
何があったのだろう?

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