作って動いてうっほっほー

 夕べはそれほど飲んだわけじゃないのに、今朝の寝覚めは非常に悪く、食欲もなかった。
 食べ頃を2日くらい過ぎたメロンがあったので、それを半分食べた。
 食欲がないのに半分。
 デザートとしてではなく、食事としてだからいいのだ。
 食わないともったいない。

 昼は省略。
 昨日の昼にワープする。
 青山のラーメン屋でラーメンとミニ親子丼セットを食べた。
 その親子丼が、大変おいしかった。
 卵の半熟具合が絶妙だったのだ。
 今日の夕方に戻る。
 荻窪駅から帰る道すがら、親子丼のことを考えた。
 うちに帰ったら早速作ってみよう。
 そう思い、スーパーで鶏のもも肉を買った。

 親子丼はわりとよく作るメニューだが、実は作り方が確定していない。
 一応、醤油とだし汁の加減は決まっているのだが、みりんを入れたり砂糖を入れたり酒を入れたり、卵をとじるのにどの程度の時間を費やしたりについて、決定版レシピを未だ発見していない。

 昨日のミニ親子丼は、そのことを気づかせてくれた。
 一口食べて、
 (こうしちゃおれん!)
 と思った。

 焦りにも似た思いを抱きつつ、冷蔵庫にあったタマネギを刻む。
 長ネギもあったのだが、使いかけのタマネギを先に使い切りたかった。
 だし汁を用意し、タマネギと肉を煮て、砂糖と醤油で味をつける。
 みりんや酒はストックがなかった。

 卵でとじ、たきたてのご飯に盛る。
 食べる。
 まずくはない。
 今までよく作ってきた親子丼と同じ味だ。

 だが、昨日のミニ親子丼には明らかに負けている。
 卵がご飯と肉にとろっと絡んだ、独特の風味がない。

 食べ終わってから、しばし一人で反省会。
 まず、もも肉を使った割にこってり感があまりなかったこと。
 それから、味付けが薄かったこと。
 以上2点が反省点としてあげられる。
 原因として考えられるのは、タマネギの量が多すぎたことだろう。
 柔らかくなるまで煮込んだものの、肉が目立たなくなるほどの量を入れては、親子の絆も薄くなる。
 卵のとじ方にも問題があった。
 半熟にするためには余熱をうまく利用しなければならないのに、鍋である程度卵を固めてしまったため、丼に盛ってしばらくするとほぼ完熟卵になってしまった。

 だが、もも肉はまだある。
 週末にかけ、親子丼の研鑽を積もうと思う。

 図書館で、
 『マイ・コンピューターをつくる』
 『マイ・コンピューターを使う』
 の2冊を借りた。
 著者は安田寿明。
 1977年から1978年に書かれた本で、マイコン生活の果てしなき夢が目一杯詰め込まれた、歴史的名著だ。

 この本は小学生の時に立ち読みで読んだ。
 タイトルに惹かれた。
 (コンピューターを、つくる?)
 アニメの『バビル2世』が住む塔は、コンピューターによって管理されている。
 記憶違いかもしれないが、そのコンピューターは異星人が宇宙船のパーツを使って作ったものだったと思う。
 本のタイトルを見て、とっさにそのことが頭に浮かんだ。
 ページをめくると、本当にコンピューターを作る方法について書かれている。
 (コンピューターって、つくれるんだ)
 (バビル2世になれるんだ)
 素直に感動した。

 ちなみにバビル2世は、小学生の頃に限りなくあこがれたマイヒーローである。
 将来の夢?
 バビル2世になることだったに決まっている。

 それからまもなくしてパソコンブームが起きる。
 キットの時代はすでに終わっていた。
 半田ごてを握らなくても、完成品のすてきなパーソナルコンピューターが、NECやシャープや富士通から発売されていた。

 自分でコンピューターを設計するという人は、少数ながらいた。
 今とは違い、プリント基板を使って部品を半田付けし、周辺機器のインターフェイス、ソフトウェアをディスクから読み込むローダまで手作りなのだから、大変な手間暇がかかった。
 中学生の自分には、手に負えない世界だった。

 あこがれはずっとあった。
 初めてのウィンドウズパソコンを自作にしたのもそのためだ。
 作ったのは2001年5月4日。
 その日のことは日記には記していない。
 なぜか、ばれるのがイヤだった。
 誰に対してばれるのがイヤだったのか、そしてなぜそう思ったのか、まったく覚えていないのだが。

 ともかく、初めて作った自作マシンでウィンドウズが動いた時の感動はよく覚えている。
 確か夕方の5時くらいだった。
 なぜかゴリラみたいに胸をぼこぼこ叩き、うっほっほー、と言って喜びを表した。

 さて、今年の6月までに、ニューマシン製作はかなうか?
 またやるのか? うっほっほーを?

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