愛される理由

先月末、渡辺ノブ君から電話があった。
「来年2月に東京OXカンパニーの公演をするんですが、演出をお願いできませんか」
「え? 本当にやるの? 台本は?」
「(主宰の)オギノに書かせます」
「だって彼、出張まみれだよ? 書く時間あるの?」
「書かせます!」

即答はせず、しばらく考えた。
その翌週ノブ君に会い、こう伝えた。
「やっぱり、劇団員であるノブ君が演出するのが筋じゃないかな。オレが演出して、しかも出演する役者がノブ君に鶴マミに綾香に三代川じゃ、それはマグネシウムリボンだよ」

その後、オギノ君と電話で話した。
「とにかく一度、飲みながらでも話しましょう」
彼は言った。

先日、FEVER DRAGON NEOの稽古場におじゃました際、鶴マミとそのことを話した。
「19日にワークショップをやるんですって」
「ワークショップ?」
「ワークショップ…的なことを」
「的なこと? ノブ君が?」
「いえ、オギが、台本書く前に出演する役者の柄を見たいっていうんで」

そういうわけで今日の夕方、東武東上線の各駅停車に揺られて、練馬某所の稽古場へ。
三代川、綾香、ノブ君、劇団975hpaの柳瀬君、照明の岡村さんがいた。
遅れてオギノ君とわっちゃんと鶴マミ到着。
稽古が始まった。

演出は断ったが、手助けはすると言ってある。
だが、どんな手助けになるかは、自分でもよくわかっていない。
それはノブ君もわかっていないし、オギノ君もわかっていない。
今日の稽古見学は、そのあたりを見極めるのが目的でもあった。

演出席にオギノ君が陣取り、ストップモーションを指示したり、エチュードを指示したりする。
ダメ出しらしき言葉も飛び出す。
鶴マミの動きが軽やかになっていたが、客演効果だろうか。
反対にブランクの長いわっちゃんは酸欠寸前になっていた。

わっちゃんは、出演するというわけではなく、オギノ君の付添人として参加していた。
三代川と組み、相手を椅子に座らせるエチュードをしていたが、これが大変面白かった。
ストーリーが勝手に椅子から離れていく感じが良かった。

9時半に稽古終了。
「飲みましょう」
オギノ君の一声で、駅近くの和民に行く。

綾香に発声についての意見を述べながら、ビールを2杯飲む。
その後、ノブ君とさしで話す。
演出はやはり、まだ決心がつかないと不安げな様子だった。

「ノブ君がやらないと、おそらく失敗するだろうと思う」
と言った。
「みんな、ノブ君が初めてだってのは、重々承知しているんだから。いっとう初めに『精一杯やりますからみんな協力してください』って言えば、みんな無茶は言わないって。ここでオレとかが中途半端に演出協力なんていって出てきたら、結局はオレの負担がどんどん大きくなっていくし、いや、負担が大きくなるのはかまわないんだけど、そうなるとできあがる芝居はマグネシウムリボンだよ。それじゃ意味ないでしょう。かといってオギノ君は週に何回も稽古に来られる状態じゃないし」
「はあ…」
「不安なのはわかる。色々教えたげるから、やってみな」
「…わかりました」

という感じで、説得は成った。

しかし、自分のポジションは結局不明のままである。

「カラオケだー!」
と叫ぶ鶴マミをたしなめ、オギノ君、わっちゃん、岡村さんと一緒に帰る。
岡村さんは明日から自転車で日本海に向かうらしい。
「どのルートを?」
「地図で調べたんですけど、やはり秩父を抜けて…」
坂が大変そうだ。お怪我のないように。

わっちゃんとは、巨人阪神戦のことを話した。
「テレビでやんないんですよ」
とわっちゃんは怒っていた。

わっちゃんは不思議な人だ。
2000年に芝居で共演したことがあるが、これまで彼のことを少しでも悪く言う人間に会ったことがない。
そして、どこそこでわっちゃんに会ったという話をすると、
「え? わっちゃんに会ったんですか! 私も会いたかった!」
と本気で残念がる女の子がゴロゴロいる。

「僕は彼のことを10年以上前から知ってますからね。恋愛遍歴まで知ってますからね」
とオギノ君は言う。
そのオギノ君にしても、今回の稽古にわっちゃんを連れてきたのは、そばにいて欲しかったからじゃないかと思える。
2003年のOXカンパニー公演は、オギノ君にとって相当ハードなものだったと思うのだが、同じ職場にわっちゃんがいるという状況はかなり救いになったのではなかろうか。

そういえば今日の稽古でも、鶴マミはいきなりわっちゃんに抱きついていた。
「キャー!」
とまで言って。

そして俺自身も、
「巨人阪神戦、テレビでやんないんですよ」
と不服そうにわっちゃんが言うのを聞き、
「そうだよね! 信じられないよね!」
と熱血的に同意したのだ。
ボクらの友情をこわそうとするなんて許せないよね、という勢いで。

たぶん、わっちゃんはごく普通のリアクションをしているだけなのだ。
にもかかわらず、最後には皆が彼を好ましく思うこの不思議さはなんだろう。
おそらくわっちゃん自身もそんなことは考えたことがないだろう。
「オレだって色々嫌われてますよ」
と言うかも知れないし、実際そういうこともあるだろう。

「(わっちゃんは)フェロモンを発するんですよ」
と誰かが言ったが、絶対に違う。
そんなに強いものではない。

彼は、マイナスイオンを発しているのだ。