自賠責の電話

6時に起きて台本を書く。
最近、せっかく早く起きたのに二度寝をしてしまうことが多かったので、汚名挽回をしたかった。

台本は32ページまで進んだ。
後半の展開をどうするか、ノートにメモする。

エリカは、自分はなぜこういうしゃべり方をするのかと思っている。
昔は違うしゃべり方をしていた。ぶりぶり期以外、色々あった。
中学時代は男言葉だった。
はからずも現在のしゃべり方と同じ。

美奈代が富雄に出した結婚の条件は、「私の名前を十万回言ったら結婚してあげる」

富雄にモテ期が到来したことの衝撃により、世界は終わってしまった。

エリカは舞台袖から体重計を持ってくる。女子全員が体重をはかって数字を叫べば全員が元の世界に戻れるという。
「こんな私たちを面白がっている奴がいるんじゃないか?」
という考えがわく。
二次元を三次元が楽しむように、三次元を四次元が楽しんでいるのではないか。
「四次元はお客さんだよ」と塚本が言い、自分がマグネシウムリボンという団体で演劇をやっていると告白。
さらには、今は芝居の本番中なのではないかという説を披露するが、真実なのに一番嘘っぽく聞こえる。

カステラを包んでいた新聞には隕石が地球に衝突する記事が載っている。
エレベーターが止まったのではなく、乗っているうちに地球が一瞬に滅んでしまったのかという妄想。

潮干狩くんは生き霊なのだろうか?

一時停止ボタンを客席にたくさん置き、受付の人に「絶対に押さないでください」と言ってもらう。
劇場入り口に体重計を置き、乗るところに一時停止ボタンのマークをつけ、どんな女性が乗っても42キロを示すように設定しておく。

元の世界に戻りたい者と、戻りたくない者に分かれる。

それぞれの現実に戻る時、異次元世界であったことの記憶は失われる。
覚えているのは四次元の人、つまりお客さんだけだと塚本が言うが、実際のお客さんは塚本にしか見えない。

ページ数としてはまだ半分ちょっとだが、書く作業時間に換算すると3分の2くらい進んでいると思う。
前半を書く時は材料が少ない中、新しい要素をひとつずつ積み重ねていかねばならなかった。
だが後半は、書かなければいけないことがたくさんあり、整理してまとめる苦労もある。
前半に時間を使いすぎたと悔やむことも多い。

いつも通り仕事へ。
ローソンで買ったメンチカツサンドを朝食に食べる。
安いのにボリュームがある。
他に、コロッケサンド、チキンカツサンド、ロースカツサンドとある。
値段がすべて200円台前半というところがすごい。
部活帰りに食べたいサンドイッチだ。

午前中、スマホに着信。
自賠責損害調査事務所というところからだった。
昨年の事故後にもらった有給休暇の、半休だった日のシフトを調べて、証明書を送ってくれないかという電話だった。
「昨年の勤怠ですから、保存してあるかわかりませんが、とにかく調べてみます」
そう答えて電話を切り、システムにログインした。

昨年のデータは、夏以前のものは残っていなかった。
自分のパソコンに残っていないかExcelのメモ書きデータを調べていると、再び電話があった。

「先ほど、有給休暇の時間を調べてくださいと申し上げましたよね」
「ええ、今調べているんですけど、まだ見つからないんです」
「その件ですが、大丈夫になりました」
「どういうことですか?」
「塚本さんは事故当日に病院に行ってから、その後通院されていないんですよね?」
「はい」
「でしたら、休暇証明のデータはもう必要ありません」
「は?」
「つまりですね、自賠責というものは…」

しばらく、自賠責保険についての講釈があった。

「…というわけで、最後に病院に行かれた日を完治日とみなしますので、塚本さんの場合は事故当日の治療費しか出ないんです」
「え、じゃあ、診断書を2回発行してもらって、1万円近くかかったんですが、その手数料も出ないんですか?」
「そこは塚本さんがご自身でエース損害保険と交渉していただいてですね…」
「事故当日、CTスキャンとレントゲン撮られて、診療費を4万くらい立て替えたんですけど、それも出ないですか?」
「出ます」
「つまり…? その後一度も病院に行かなかったために、その日に治ったという扱いになるんですね?」
「あのですね塚本さん、自賠責というものはですね…」
「だったら、自賠責に請求する時、診断書が必要という意味がよくわからないですよ。全治一週間と書いてあるから、こちらもその期間分の有給が請求出来るのかと思ったのだし、その日に完治した扱いになるなら、診断書に全治一日と書くべきじゃないですか」
「ですからね、自賠責というものはですね…」
「もうわかりました。正直、非常に気分が良くないです。朝から色々調べて、すべて無駄足だとわかったんですからね。とにかく僕としてはエース損保からの連絡を待つしかないし、どうあっても有給分は出ないということなんでしょう?」
「塚本さん、よく聞いてください、自賠責というものは…」
「だからもういいですって!」

思わず怒鳴ってしまった。
電話で怒鳴るなんて、十数年ぶりのことだ。

「僕はね、自賠責のシステムについて詳しくなりたいわけじゃないんです。今回のことがあったから、そりゃ調べましたよ。でもね、結局のところ、お金が出るのか出ないのか、それさえわかればいいんです。出ないならこれ以上知りたくないです。知れば知るほど苛立ちが募るだけなんですから。あなたもお仕事だから、説明したいという気持ちがあるのはわかりますけど、朝っぱらからひどい気分になってるこちらのことも察してください」
「ですから、先ほどわざわざ有休を取られた時間を調べていただくよう、こちらからお電話しましたものですから、その必要がなくなったのに調べ続けていただくのは申し訳ないと思いましてですね、こうして」
「それはあなたのミスじゃないですか。通院日数のことは書類でわかるのに、よく見ないでいきなり電話して有給の時間を調べさせて、やっぱりいいですっていう電話は、どう考えてもあなたのミスだし、さっきの電話もこの電話も、本来は必要のない電話ですよ」
「はあ、その点は大変、申し訳ありませんでした。ですが、こちらも大変多くの書類を扱っているもので…」
「僕だって忙しさは同じですよ。それを言ったらお互い、おしまいじゃないですか」
「申し訳ありません」
「色々説明していただいて、ありがとうございました。すべてわかりましたので」

電話を切った。
完全に頭に血が上っていた。
去年事故に遭った時から、抑えに抑えてきた感情が爆発しそうだった。

冷静に電話でのやり取りを振り返れば、彼に怒りをぶつける必要はなかった。
ただ彼も、職務に忠実ゆえか、自賠責のシステムについてすべて説明することに躍起になっていたと思う。
説明しようとすればするほど、こちらの苛立ちは強くなった。

言いたいことは言ったし、短い時間で電話をすぱっと切れたので、後腐れはない。
出ないモンは仕方ない。
最低限、かかった治療費は出るわけだ。

十分くらい、休憩室でぼーっとしているうちに、どうでも良くなってきた。
去年の事故がようやく自分の中で片付いた。
戦争が終わった、という気分だ。
次に自賠責のお世話になることがあったら、それは人生三度目の交通事故ということになるのだろう。
そんな、ありがたくない可能性のために、今持っているよりもさらに詳しい自賠責保険の知識を仕入れるゆとりは、ない。

昼、「荒海」でつけ麺。
がっつり食ってやれと思い、麺を大盛りにする。

夕方、6時より稽古。
翠ちゃんの場面、少しずつ返す。

彼女の演じるかりんは、出てくる時に自己紹介がてら「享年三十」と言う。
どこだかわからない場所に迷い込んで、そんなひと言をいう女が出てきたら、十分不気味だ。
その不気味さを共演者がどう表すか、今日の稽古では色々試した。
ひたすら怖がって、近づいてくる彼女から逃げる動きなど。
そうなると、鬼ごっこのようなものと定義して、トリッキーな動きも作れるのだろうが、かりんさんの稽古はまだ今日が2回目なので、細部を決めるようなことはせず。

かりんが出てくることで、千陽さん演じるめぐるが不安を感じる。
私たちは死んでしまったのではないかという不安だ。
前の場面では、異次元世界で起こった出来事を吸収しようと前向きにいた彼女が、死に直面するとおびえるという展開は、わかりやすいようで実は心の動かし方が非常に難しいかもしれない。
千陽さんが台本を読みながら、かなり考えているのをみて、そう思った。

百合子ちゃん演じるゆずも、まだ最初の場面と去る場面しかできていないため、人物像が明確になっていない。
笑里演じるまいも同様。

今日は、稽古最終日から一ヶ月前の日だった。
9月はペースがあがるので、台本を書き足すゆとりはない。
来月早々に書き上げないといけない。