「プラザ・スイート」読む

台風のため、地下鉄で仕事へ。
当たり前のように西新宿で降りたのだが、ビル風で傘の骨がひん曲がった。
新宿から地下街を歩けば良かったと気がついたのは、オフィスに着いてからだった。

昼、休憩所で、隣の会話を耳にする。
後輩の男女に、先輩の男が語っていた。

「エヴァと同じ音楽使ってたのを聞いて、エヴァから離れたら何も作れないんだなと思ったね。あと、原発を無理やりこじつつけてるし。一つだけ良かったのは、無人のJRで爆弾突撃するとこ。あそこCGじゃなかった。そこだけは認める」

「アニー・ホール」の映画行列シーンを思い出したね。

『ニール・サイモン戯曲集?』読了。
60年代の初期作品が4本収録。
「カム・ブロー・ユア・ホーン」
「裸足で散歩」
「おかしな二人」
「プラザ・スイート」

「裸足で散歩」は、新婚夫婦のすれ違いコメディー。
妻のコリーがとてもかわいいと思ったのだが、90年代から現在までの女性の変化を見知ったことでそう思えるようになったのだと思う。
60年代当時の日本で、コリーの言い分は、わがままにしか聞こえなかっただろう。
そこには、人生を楽しむということについて、日本人と欧米人にある根本的な違いがあるような気がする。

「プラザ・スイート」はホテルの同じ部屋を舞台にした三本のオムニバス。
中年夫婦のすれ違い、再会する男女、閉じこもって出てこない花嫁の話。
花嫁が閉じこもる話はギャグが多くわかりやすいのだが、役者としては二本目の、出世した昔の男友達に会いに来るミュリエル役こそ、表現しがいがあるのではないか。

喜劇の定石どおり書かれたものは、作品そのものより定石が面白いわけで、舞台作品としてそういうのを見ても、冒険ではなく観光という印象を持ってしまう。
ただ演じる側になると、観光客をもてなすのは楽しいので、定石通りの喜劇は楽しい。
ところが見るとなると、自分をどこか知らないところへ連れて行って欲しいという欲求があるから、定石は破壊して欲しくなる。

実験的な要素と定番コメディーの両方が味わえる意味で、「プラザ・スイート」が一番面白かった。

夕方6時過ぎ帰宅。
9時までごろごろし、ひまわりの種を食べる。ハムスターかオレは。

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