『荒野のおおかみ』読み進む

朝5時起き。ブログを書き、6時過ぎから7時20分まで二度寝する。二度寝というより瞑想。呼吸法をしながら起きていた。

今日からファスティングをするため朝飯はなし。7時40分に家を出る。自転車で現場へ。上着は着ず。

8時25分に現場着。SQLの勉強を少しする。

午前中、既存ツールの動作でエラーが出たのをちょっと直した。あとはヒマ。

昼、麦茶を飲み、『荒野のおおかみ』読む。
読みづらいが、ハリー・ハラーの苦しみが自分のことのようにも思える。彼の人生は、なかなか覚めない悪夢に似たようなものになっている。ヘルミーネと出会い、ダンスの手ほどきを受け、マリアと踊り、マリアと愛人関係になるところまで読んだ。

午後、午前と同じくヒマ。別の既存ツールでエラーが出たので、またちょっと直した。
上がるギリギリになって蟻さん来て、近々始まるサービスについて大丈夫か聞いてきた。データがこないとなんとも言えないのは前回、前々回でわかっているのでそう答えると、仮データは作れますよといい、システムにログインする方法を喋り始めた。しかし、今週末に本データが来るし、いまさら取り込みのロジックを替えることはないので、仮データがあってもやることはないなあ、と考える。本物がきてからの方がいい。

午前午後とヒマだったので、色々なことを考えた。
今年になってちょっと思うところがあり、過去の記憶を整理した。思い出せる過去の記憶を、何年の何月に起きたと記して時代順に並べてきた。すると、自分の犯した失敗のパターンが見えてきた。

11歳、24歳、27歳、29歳、32歳の時に同じパターンの失敗を犯している。初めは失敗と言えないほど小さいしくじりであり、『そそっかしさ』程度といってもいいのだが、それが膨れあがっていき、自分を抜き差しならないところへ追い込んでいった。

その失敗は、ほんの少し前に結構うまくやっていたのに、状況が変わったことに気づかず、対応出来なかったことで犯していた。

また、個人的に感情をかき立てられた様々な事件を時代順に眺めていくと、自分がなにに夢中であったのかがわかってきた。
自分の感情に夢中だったのだ。
たとえば、ある『嬉しさ』の感情を得たとすると、今度はその感情を感じている自分に夢中になることで、『嬉しさ』をもう一度繰り返して感じる。
『嬉しさ』ならいいが、『怒り』や『悲しみ』も同じようにしてしまうと、必要以上な怒りと悲しみを感じることになってしまう。
とくに、感じることによって念が沈潜していく『怒り』は厄介だ。感じている自分の怒りに夢中になるということは、怒りが収まらないということだ。

たぶん、自分の感情を客観的に眺めるようになれれば、少しは自分を変えることが出来るかもしれない。
ランニングでいえば、呼吸と心臓に意識をおいて走ると、筋肉だけ意識するよりも苦しさの要因を明確に感じることができ、ペースを微妙にコントロールしながら止まらずに走れるようになるようなものだ。感覚としては、「苦しい!」ではなぐ、「今おれ苦しがってるぞ」になる感じだ。昨年秋くらいにそういう感じを得た。それまでは苦しくなるとすぐ止まってハアハアいっていた。

感情についても、そのような感覚を得られるのかどうか、今はまだわからないが、試みるだけは試みてみようと思った。その方が面白いから。

夕方、自転車帰宅。ファスティング初日なのでまだ体は動く。これが三日目くらいになると、自転車はかなりしんどいだろう。

6時20分帰宅。体重を量ると1キロ減っていた。今回のファスティングはデトックス目的。体の塩抜き。

空腹感を感じて思い煩うよりは、寝てしまった方がいいので、8時前就寝。

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