20キロランニング5日目

朝5時半起き。

日記を書き、朝飯代わりに胡麻団子を食べる。

洗い物をし、燃えるゴミを捨てに行く。外に出ると空気のひんやりとした感じが心地よかった。

洗濯物を干し、7時40分に家を出る。自転車で中野へ。やや肌寒さを感じたが、グローブをしなくても平気だった。

昼、『てけてけ』でランチ。ダブルハンバーグとライス特盛りを食べた。特盛りにしたのは夜走るためだが、椀が普通のものだったので、それほど多いとは思わなかった。この上に『爆盛り』というのがあるようだが、特に試す気にはなれなかった。

食べ終わると、炭水化物が体内で燃え出し、体が熱くなった。

6時半帰宅。

昔の『たまむすび』を聞きながら走った。5日連続20キロランの最終日なので、できれば28キロくらい走りたかった。家から浮間舟渡の河川敷までが14キロくらいので、とりあえずその辺りを目指すことにした。

昨日までのランニングで疲れがたまっているせいか、いつもなら5キロくらい走ったあたりでペースが良くなってくるのだが、今日は疲労感を引きずったままだった。

としまえん通りをまっすぐ進むと、いつの間にか住宅地の無名通りに入り込み、その道はやがて川越街道への下り坂となった。最初はそれが川越街道ではなく、環八だと思い込み、赤羽方面に向かうため右折した。

上板橋駅の入口で、それが川越街道であることに気づいた。方向を北に転じ、東上線の踏切を渡った。また坂があり、それを上って下りると、その先に環八があんた。

時刻は9時近くになっていた。浮間舟渡行方面に行くには右折だが、帰宅時間のことも考え、家に戻ることにした。

左折し、少し進むと、さっき上り下りした丘陵の標高分にあたる坂があった。その時点で走行距離は14キロくらいだったが、軽やかに駆け上がることはできなかった。

その先に東上線を渡る跨線橋があった。風景に既視感があった。荻窪に住んでいた頃、環八を北上して片道10キロちょっと走るとそのあたりに到達したため、よくそのあたりまで来ていたのだ。

環八を荻窪方面に走った。跨線橋を渡り、川越街道の交差点を渡り、平和台の交差点を渡った。池袋からの大型幹線道路が開通しており、平和台の交差点は昔に比べて賑やかになっていた。

その少し先を左折し、先ほど走っていたとしまえん通りに合流した。あとは、来た道を戻るだけである。

としまえんの遺跡前を通り過ぎてから少し先の住宅地にある自販機でリアルゴールドを買って飲んだ。かなりしんどくなっていたが、そこから家まではせいぜい6キロほどしかないはずだった。

西武池袋線の下をくぐり、都立家政を通り、家近くの馬橋通りをラスト1キロ分だけスパートをかけて走った。最後に心拍数を上げたかったのだが、150台までしか上がらなかった。

10時過ぎ帰宅。走行距離は22.8キロだった。28キロには大分足りなかったが、土曜日からの疲労蓄積もあったし、やむを得なかったと思う。今日のランニングにブラス5キロ分追加しても、負荷や効果はそれほど変わらなかったのではないか。

入浴し、「波のアラベスク」を練習した。最近は一曲の仕上げに時間がかかるようになっている。それだけ難しいものに取り組んでいるのかもしれないが、どこからともなくやってきた『焦り』を感じる。母経由DNAの『せっかちさ』によるものだろうか。

夕食に、旨辛焼肉と玉ねぎの炒め物と、トーストを食べた。

12時半就寝。