かわいそうな死に方

 疲れている。
 何もする気が起きないとまではいかないが、その数歩手前といった疲れ方だ。
 昼はずっと眠かった。
 眠いだけでなく頭が重かった。

 疲労が蓄積される生活を特にしているわけではないので、周期的なものだと思う。
 例えばバイオリズムみたいな。

 そう結論してみたものの、眠気がとれるわけではなかった。
 コーヒーを飲んでも無駄である。

 夕方4時、山崎と劇場の下見をする。
 来年の公演に向けてやることは多いが、今日のような日はその多さに滅入ってしまいそうになる。
 だから目の前にある仕事を一つずつこなすことだけを考える。

 夜はステーキ肉を焼いて食べ、発泡酒を飲んでから部屋でごろごろしていた。

 食べ物を口の中に沢山入れている状態で死ぬのはとても可哀想だ。
 どんな悪人でも口をもぐもぐしている時に死ぬのはとても可哀想だと思う。
 ハンバーガーを食べながら道路を横断している時にダンプカーで轢かれるという死に方が一番可哀想だ。
 その状況を思い描いただけで涙が出てくる。
 だからそんな死に方はしたくないと思う。
 自分を可哀想に思いながら死んでいくのは最悪だ。

 食べている人がひどい目にあうという設定が泣けてしまうのだ。
 「あしたのジョー」で、減量に苦しむ西が夜中に隠れて屋台のうどんを食っているところをジョーに見つかって殴られるところなど、号泣ものである。

ものを食うという行為に何か別の意味を見つけているのかもしれないが、それが何であるのかわからない。
 抽出して芝居の台本に生かしたい。
 笑ってしまう人もいるだろうが、泣く方が正しい反応であるということを証明できるような台本が書きたいものだ。

 などということを部屋でごろごろしながら考えていた。