今日も暑い。
関東地方は梅雨明けをしたそうだ。
昼の12時半にうちを出る。
水道橋に1時半に着く。
白山通り沿いのステーキ屋で腹ごしらえをしてから東京ドームに向かう。
プロレスリングノア東京ドーム大会。
4月に前売りを買って以来、最初の2ヶ月というもの、毎日ドキドキしていた。
しかし7月になると『待ち疲れ』とでも言うべき状態に陥ってしまった。
発表されたカードがあまりにも魅力的で、そしてあまりにも待たされたためにそういうことになったのだろう。
ここ数日はキャンディーズのアルバムばかり聴いて過ごし、プロレスのことが頭になかった。
案外、それで良かったかもしれない。
今日、ドームの入場口に並んだ時に突然、心臓が早鐘のように高鳴りだした。
こんな状態が数週間前から続いていたら体に悪い。
席は1階のスタンドA席。
スタンドSにするくらいならAの方が見やすいと聞いていたのでそうしたのだが、確かにスタンド席はリングへの距離はどうしようもなく離れており、A席の方がやや高い位置にある分見やすいかもしれないと思った。
試合開始時間には1階2階席ともにぎっしりと埋まった。
プロレスの大会でこれほど埋まった東京ドームは久し振りではないだろうか。
3時開始試合前、甲虫王者ムシキングの、たぶんキャンペーンがらみの女の子3人組がリングに上がり、歌を歌っていた。
今回、ムシキングとタイアップして、ノアからムシキングテリーがデビューするため、外野席は子供用に空けているようだった。
第1試合はおもむろに始まった。
青柳政司 SUWA 杉浦貴 VS 中島勝彦 百田光雄 菊地毅
ノア初登場の中島くんがとにかく溌剌としていた。
その蹴りがヒットするたび、
「オーッ!」
の声が上がった。
個人的には杉浦やSUWAがこの試合位置にいるのは残念だが、中島君の味見という意味では良かったかもしれない。
試合はSUWAが菊地をフォール。
第2試合。
森嶋猛 モハメド・ヨネ VS 潮崎豪 本田多聞
森嶋は動きが鈍く、体型も肉がつき過ぎていた。あのウエイトアップは失敗だろう。
多聞もどこかもっさりとして、先月鈴木みのるとやった時の荒ぶるファイトは露ほども見せてくれなかった。
ヨネは、可もなく不可もなしと言った感じで、ファイトスタイルのマンネリさが悪い方にかたむいていたと思う。
この試合も、潮崎のフレッシュさが際だっていた。
(潮崎! やっちゃえよ!)
みたいな空気が観客席を支配していたし、実際動きや技のキレは半年前とは比べものにならないくらい進歩していたし、体も大きくなっていた。
試合はヨネが筋肉バスターで潮崎をフォール。
「あーあー・・・」
と、客席からはため息が漏れた。
しかし、潮崎が観客に与えた印象は大変良かった。
第3試合。
なんと8人タッグマッチだ。
永源遙 泉田純 佐野巧真 田上明 VS 川畑輝鎮 井上雅央 越中詩郎 斎藤彰俊
田上と越中が先発。
越中はやはりヒップアクションに抜群のお約束感があり、それが出るとかけ声が上がる。
動きがシャープな人がいる試合ではないのに、8人タッグという人口密度だったために、分断戦が行われるとリングがもっさりしてしまった。
田上火山が爆発すればまだ良かったのだろうが。
しかし田上人気は地味に健在で、入場の際一番声援を受けていたのは田上だった。
試合は井上が泉田をフォール。
第4試合。
ここから、急に会場の雰囲気が変わった。
外野席はムシキングテリー目当ての子供達用の席になっており、そこにはマジレンジャーショーを見に来たテンションの子供達が風船を持って座っていた。
試合の進行も必然的に子供達寄りになる。
「さあ! ムシキングテリーの試合が始まるよ!」
みたいな。
しかし、他の内野スタンドやアリーナに座っているほとんどのファンは純粋プロレスファンで、ムシキングテリーの中身が鈴木鼓太郎であることをわかっていてあえてムシキングテリーを応援するという大人の脳内作業をしていた。
敵のブラックマスクは、背格好からしてリッキー・マルビンっぽいのだけど、
「マルビン!」
と声援をする大人がいなかったのは、初めからこの試合が子供向けのものだと知らされていたからだと思う。
だから、ムシキング・テリーへの応援も、普通の試合とは違っていた。
外野席からは沢山の子供達が間断なく、
「がんばってー!」
と声援を送り続ける。
他の席からは、
(子供達のまえでしくじるなよ鼓太郎!)
という意味を込めた、
「おおー!」
とかいう歓声が漏れていた。
試合は当然、ムシキングテリーの勝ちだった。
しかし、次の大きな大会、武道館大会などでも出るのだろうか?
第5試合はGHCジュニアヘビータイトルマッチ。
金丸義信 VS KENTA
この試合も、KENTAの溌剌としたファイトが目立っていた。
これまでの試合、とにかく若いレスラーの溌剌としたファイトが観客を惹きつけているように見えた。
ベテランのいぶし銀の味は、ドームという会場ではわかりにくいのかもしれない。
KENTAは蹴り技からたたみかける連続技で、大きな声援を受けていた。
金丸は試合途中、ちょっとぐったりしている時があった。
会場全体が、
(今日、KENTAが新王者になるんだな)
とわかり、それを推しているような雰囲気だった。
金丸のやられ巧さと粘りは相当なものだったけど、KENTAは時の勢いがあり、飛びヒザ蹴りから納得のいく形でフォール勝ちした。
男性女性問わず、みんながKENTAコールをしていた。
本日最初の地鳴りも、この試合で起きた。
第6試合。
丸藤正道 鈴木みのる VS 橋誠 秋山準
秋山が作り上げたに等しい、橋誠再生の物語。
秋山はとにかく入場が格好いい。
思わず見とれてしまうほどだ。
丸藤は派手なジャンプで派手に入場し、華がある。
鈴木みのるはもうお約束の「風になれ」で入場だ。
やはり、橋はこの中に入ると見劣りする。
普通なら、
(あーあ、橋がやられ役かよ)
程度の期待のされ方で終わっていた。
だのに、この試合の期待感をここまでに高めたのは、やはり秋山の功績だと思う。
会場のあちこちから、
「橋!」
「はしー! 男になれ!」
と声援が飛んでいた。
秋山はやはり、このメンバーに入ると一番余裕がある立場だと思う。
丸藤相手だと明らかに体格差から圧倒できてしまうし、鈴木みのるに対しても可能なのだけど、それをして商品価値を落とすことはせず、あえて両者互角に見えるビンタ合戦にもっていくなど、試合をプロデュースしている感じがした。
肝心の橋は、頑張った。
本当に頑張っていたが、これはもう実力差としか言いようがないのかもしれないが、後半フラフラになって、丸藤に不知火を2回決められてフォールされてしまった。
確かに、いくらドラマチックとはいえ、橋が丸藤や鈴木みのるをフォールする絵は想像できない。
かといって秋山がフォールしたら、それは意味のないことだ。
負けて当たり前の試合なのに、最後のギリギリまで、
(もしかしたら!?)
と思えた意味で、手に汗握る戦いだった。
面白かった。
第7試合。
4月の武道館でブーイングを浴びてしまった力皇の試合。
相手は新日本プロレスの棚橋だ。
力皇は確かに成長したと思う。
相手に突っかかる戦いではなく、受け入れる戦い方に変わっていた。
そして相手をはたく時も、格上が格下をあしらうようなやり方に変わっていた。
だが、中盤になって雪崩式のわざを牽制し合うあたりで、すこしモタモタしてしまった。
「あーあ・・・」
と嘆声を漏らすファンもいた。
ただ、両者の体格から、どう見ても棚橋が勝てそうには見えなかった。
試合は力皇が危なげなく無双で決めた。
途中のモタモタは、ばてているように見えたのだが、それに関しては後述する。
第8試合。
小川良成 VS 天龍源一郎
やはり、体格差がいかんともしがたい。
小川といえば、全日時代から秋山相手に金星を取ることが多いが、天龍相手にああした切り返しでの勝利を手にしても、それが勝利ではないことくらい、ファンも小川本人もわかっていた。
だが、それではなにをよりどころにして勝てばいいのか?
その答えをこの試合で見るはずだったのだが。
結果は非常にあっけなかった。
天龍が何気なく小川に決めたラリアットで、あっけなく3カウントが入ってしまったのだ。
満員の客席からは、
「えーっ?」
の声。
ここからの天龍がうまかった。
小川を助け起こし、握手。
そして、しっかり小川の肩を抱え、ねぎらうように二人で退場。
客席は大歓声である。
思うに、あのラリアットでの負けは、小川にしてもそんなはずはなかったのではないか。
打ち所がわるいというか、なにか、イレギュラーな状況になっていたとしか思えない。
天龍はそれを敏感に察して、小川に肩を貸すという動きを見せたのだと思う。
おかげでブーイングは飛ばずに終わった。
第9試合。
というより、観客はそれどころじゃなかったのかもしれない。
小橋建太 VS 佐々木健介 である。
その試合が待っているというのに、ブーイングなんかしている暇はない。
小橋の入場で、ノアファンにサプライズがあった。
かつて2年前の3月、三沢とのGHC戦を最後に流れることのなかったテーマ曲「GRAND SWORD」が流れたのだった。
その瞬間、会場全体が爆発した。
目の前にいた女性ファンは、イントロが流れた瞬間フラフラと気を失いかけていた。
隣にいた友人の女性が、
「大丈夫! ほら! 小橋さん! GRAND SWORD だよ!」
と励ます。
くだんの女性はハンカチを出し目に当て、
「うん・・・わかってるんだけど・・・目が開かない・・・」
と、その場で嗚咽していた。
周りを見ると、あの曲に思い入れがあるらしき数十人のファンが、目を真っ赤にして手拍子をしていた。
GRAND SWORD で手拍子できただけでもファン冥利に尽きるというものだが、試合もすさまじかった。
両者とも逆水平チョップとラリアットを得意とするのは、予備知識としてあった。
だから、いずれチョップ合戦をするだろうとは思っていた。
だが、まさかあれほど長い時間やりあうとは、誰も思っていなかった。
チョップ合戦というのは、やり始めた時に大歓声が起きる。
やがて歓声は収まる。
チョップ合戦が終わればそれまでだが、時として両者が意地になり、そのまま続く時がある。
それに観客が気づいた時、再び大歓声が起きる。
普通はそこで終わるのだが、この二人はその歓声の波を3回聞いたのだ。
歓声があろうとなかろうと、チョップを打ち合う二人、
時間数にしたら、5分以上だろうか?
そんなに長い時間チョップを打ち合うだけというのを実際に見るのは初めてだ。
プロレス界初じゃないだろうか。
小橋のハーフネルソン連発にムーンサルト、健介のストラングルホールドγや一本背負いなど、互いの意地とプライドをかけた技が出された。
ギリギリの戦いだった。
「小橋!もうバーニングハンマー出していいよ!」
そんな悲鳴さえ飛んだが、最後は小橋が剛腕ラリアットで健介を沈めた。
納得いく試合、納得いく結末だった。
試合後、二人は抱擁して互いの健闘を称え合った。
小橋が先に退場したのだが、マイクを持った健介が、
「ありがとう」
と言ったら、また戻ってきてまた抱擁していた。
こうした小橋らしさ丸出しの微笑ましさが、会場の空気を幸せな雰囲気にしていた。
第10試合。
メインイベント。
小橋と健介の試合の後に、さらにメインディッシュ。
三沢光晴 VS 川田利明
説明不要。
試合は静かに始まった。
(いずれ、バシバシ打ち合うんだろうな)
そう思って見ていたが、場外戦になってから、川田の様子がどうもおかしく思えた。
足下がふらついていた。
そのためか、三沢もたたみかけるという攻め方はしなかった。
ところがその三沢も、場外花道でパワーボムを食らい、動けなくなってしまった。
場外カウントが取られても立ち上がれない状態だった。
様子がおかしいと思ったのか、途中で川田が三沢のもとに向かい、立ち上がらせてリングに入れた。
ばてている?
そう見えた。
だが、思い当たるふしがある。
会場の空気だ。
カラオケなどで、人が多すぎて酸欠になる状態。
KENTAの試合あたりから、それに近い感じがしていた。
そういえば、
第5試合の金丸。
第6試合の橋。
第7試合の力皇。
第8試合の小川のあっけなさ。
みんな同じような感じで足下がふらついていた。
三沢と川田はメインイベントだから、会場の酸素も一番少ない時だったろう。
ましてや小橋と健介戦で大量の酸素が観客に消費された後だ。
観ているこっちも息苦しさを感じ始めていた。
ハードな試合をするレスラーにとっては、死活問題に違いない。
さすがに三沢川田はプロ中のプロで、そうした悪環境を感じさせない間合いとファイトスタイルで27分もの激闘を戦った。
川田の足のふらつきが目立った。
エメラルドフロウジョンを返した川田。
タイガードライバー91まで返した川田。
それでも思った。
(やはり、川田は三沢に勝てないんだなあ)
そして自然と、川田コールが起こった。
エルボーを食らっても食らっても三沢に向かっていく川田を見ていると、大会のタイトルとなったDESTINYという言葉が思い浮かんだ。
最後は大技ではなく、エルボーで決まった。
よくぞ、戦ってくれたと思った。
試合後、マイクを持った川田が言った。
「あえて握手はしません。考えが変わりました。この試合を最後にはしない」
こんな感じのことを言ったのだが、それを聞いた瞬間の三沢の顔がドームのビジョンに大写しとなった。
その顔は明らかにしかめっ面だった。
(え? まだやんのかよお前)
後輩の「ついていきます」的発言に、迷惑極まりなさそうな顔をした『先輩』三沢。
やはり、DESTINYという大会の掉尾を飾るにふさわしい試合だったなと思う。
息が切れた。
暑いだけではないだろう。
ドームの外に出た方が涼しく感じた。
いい大会だった。