食べたい時に食べるチャーハン

9時起き。ぐっすり眠った。

午前中、棚さんの依頼作業をする。どさん子やトゲトゲさんツールの依頼が続き、この2週間手をつけていなかった。やることははっきりしているので、プラモデルを組み立てるように、やるべき作業を順番にこなした。

昼、荻窪までランニング。『丸信』でメンマラーメンを食べ、再びランニング。図書館で本を借り、帰宅。

午後、棚さんツールの作業をしていると、どさん子ツールの追加依頼がきた。またか、と思った。締め切りは29日だった。無茶振りしよる。

一日中、棚さんツールの作業をして終了。

夜7時に家を出る。

夕食をどこかで食べてから、実家に帰るつもりだった。大手町で地下鉄を乗り換える時、インディアンカレーで食べて行こうと思い、店の前まで行ったら、シャッターが閉まっていた。Googleマップでは21時まで営業していると表示されていたのだが。

カレーの次に食べたいのはチャーハンだった。西葛西駅周辺でチャーハンの旨い店はないかと検索し、『たかし屋』で食べることにした。

『たかし屋』は『タンメントナリ』の隣にあり、別名を『タンメントナリノトナリ』という。いや、嘘。いわない。

『タンメントナリ』は、タンメンと餃子の『タンギョー』セットがあるが、チャーハンはない。『たかし屋』にはある。人気はトナリにかなわなくても、チャーハンがあるというのは強みだ。

券売機でチャーハンの大を頼んだ。本当はにんにくチャーハンが食べたかったが、券売機にはなかった。カウンターに座ると、店員に直接頼めばにんにくチャーハンを頼めたらしい。

チャーハンは、皿からこぼれ落ちそうな盛りで出てきた。ややしょっぱかったが、チャーハンだなあと思いながら食えたから、それで十分だ。それが食べたい時にそれが食べられればそれは旨いのだ。

20年以上前に『ギョーザ大作戦』という芝居を書いたが、そのチラシに『食えればそれはうまい』というひと言を載せた。コピーというか惹句というかテーゼというか、その芝居を書くにあたって、根本にある考え方を示したつもりだった。

この芝居、つい最近、ちょこっと書き直してみた。我ながら、いろいろ酷かった。本題に進まず、雑談が続くのだが、その雑談が浅くて長い。そして、結局本題に進まないまま話がずれていく。そもそも本題はなかったわけだ。

舞台の上で餃子をいちから作って、本当に焼いて食べるということをしたかったので、お話部分が付け足しになっていくのは、演出上ある程度仕方ないとしても、書く人間として、そこで、付け足しでいいのだと開き直ってはいけない。

こういう本をなんとか修繕して、使えるものにしていく作業は、本来は、再演を重ねることでしていくべきなのだろう。再演を、過去全然してこなかった弊害だ。こんなに昔の自分なんて、今の自分からするとバカな他人だ。

9時、実家帰宅。母、先週の週末に秩父旅行を妹としてきたらしく、三峰口で買ったお守りを土産にくれた。

部屋で、ルアーの整理をする。明日の早朝、シーバス釣りに行くつもりだったが、外は風が強く吹いていたので、釣りは明日の昼に行くことにした。それはそれとしてルアーは整理した。

今年のシーバス釣りは散々な成績だ。5月までは一応順調だったが、6月から半年は連敗続きだ。猛暑だったためか、秋爆の気配も聞かず、11月も終わろうとしている。

満潮から下げていくタイミングばかりを狙って釣りに行っていたが、下げ止まり前の3時間とか、上げ始めとか、別の潮回りも狙ってみて、ポイントと潮周りの関係を学んでいかないといけないかもしれない。

12時半就寝。