CPUクーラーのグリス塗り直し

6時起き。米を鍋に入れて給水させ、6時半まで二度寝。

6時半、米を炊き、昨日の夜に仕込んだ豚汁を温める。

米を炊いている間、PCケースをあけて、CPUクーラーを取り外した。四隅のストッパーを緩めて引っ張ると、グリスだけで止まっていたクーラーは簡単にとれた。CPUとクーラーに残ったグリス跡を見ると、乾燥してカピカピになっていた。塗布面積もわずかに見えた。ウェットティッシュで両方のグリス跡を拭い落とした。

せっかくクーラーを外したので、フィンの部分を外してホコリをきれいに洗い落とし、サーキュレーターで乾燥させた。豚汁の鍋が噴きこぼれる音がしたので、慌ててキッチンへ行き、火を止めた。

朝飯に、ご飯、納豆、大根の皮の漬物、豚汁。

CPUにグリスを盛り、クーラーの部分に合わせた形に延ばし、クーラーを取り付けた。足の部分をマザーボードに差し込むのがうまくいかなかったので、PCケースの反対側を外して、足がきちんとマザーボードに差し込まれたか確認しつつ作業した。

ケースの蓋をとじ、ケーブル類を差し込み、再び電源を入れた。Windows 画面になってから、Core Temp アプリをインストールし、CPU温度を表示させて見ると、各コアごとの温度が表示されており、アベレージ温度はどれも30度台だった。また、CPUの速度も最大の3.9GHzになっていた。昨夜は3.7GHzだったから、最大ではなかったのだ。

これで、さすがに直ったと思いたい。しかし、昨年の暮れから故障対策のため、メモリ購入、電源購入、メモリもう一枚購入、SSD購入、USB延長ケーブル購入と、何だかんだで色々購入してしまった。初めからCPUクーラーの清掃とグリス塗り直しをしていれば、1円もかからなかったのではないかという気がする。現在、システムドライブのSSDは512GB。メモリは32GB。古い規格ではあるが、何に使うんだ? というくらいの量である。

9時半から作業。

昼、ご飯、豚汁、切り干し大根、納豆、大根の皮の漬物。

走りに行く。昔使っていた中野南口の駐輪場まで行き、大久保通り、山手通り、南下して中野新橋からいつものルートで環七、帰宅。10キロ。

夕食に、ご飯、豚汁、コロッケ、キムチ、切り干し大根。

コード練習と「東風」稽古をする。「東風」はまったく進まない。

Python本を読む。基礎的なところはあまり真面目に読み込んでも効率が悪い。Python ならどうするの? という部分を意識して若干飛ばし読みする。

Netflix で『ザ・ロイヤルファミリー』9話見る。8話で世代交代し、目黒蓮ターンとなっている。目黒くんは背が高くスタイルが良く世界モテしそう。片言でフランス語を話す場面の感じがとても良かった。

久米さんが亡くなったニュースが流れて以来、毎日動画を検索して、昔の映像を見ている。ここ数日でアップされた古い映像も多い。

正直、亡くなるまで久米さんのことを考えたことはほとんどなかった。数年前、『ラジオなんですけど』をやっていた頃でさえ、あえて聞くことがなかった。

『ザ・ベストテン』『ニュースステーション』を見てきた世代にとって、久米さんは、テレビをつけると常にいるような存在だった。ゆえに、そのことに慣れすぎており、活動の場をラジオに移してからも、聞こうと思えばいつだって聞ける存在のように思っていた。

そんな人が突然いなくなったことで、その欠落がどれほど大きいかをじわじわと思い知らされているのが、ここ数日だった。世間にもそういう人は沢山いるのだろう。

追悼記事は引きも切らないし、追悼記事を批判する記事もそれに続くが、基本的には久米さんを礼賛する調子になっているのがほとんどだ。

ただ、追悼記事をいくら読んでもピンとこないのは、追悼記事批判を書いている人の感じ方と同じだ。だからといって、批判記事を読んでもさらにピンとこない。

久米さんを思い出して浮かんでくるのは、とにかく笑顔と笑い声である。過去動画を色々見ても、実によく笑っている。

勝手な話だが、久米さんが生きていれば、その笑顔は日本のどこかで存在しているのだと思えたのだが、亡くなったことで、その部分には物理的にぽっかり穴があいて、虚無の空間になってしまったように感じる。この世からひとつの笑顔が消滅したと感じることが、大きな喪失感と、寂しさの要因になっている。

過去動画の多くは『ニュースステーション』の映像だったが、『TVスクランブル』の映像がわずかにあった。人気番組だったが、リアルタイムで見ていなかったのだ。当時、自分は子供ではあったが、中身も相当幼かったというだろう。

1時就寝。