7時半起き。朝飯にご飯とおでん。
『東風』練習してから稽古へ。現時点で全体の7分の2。しかし、パターン繰り返しがあるので、実際はもっと進んでいるはず。コード部分を、コードとしてではなく、パターンとして分析してもらい、指使いはこうすると良いなどのアドバイス受ける。
午前中、ボス依頼の改修作業。あっという間に正午になった。
昼、おでんの汁にうどんを入れて食べる。おでんの具が多かったため、具と麺が喧嘩して、互いの良さが消えてしまった。
走りに行く。図書館で本を返し、五日市街道松庵往復10キロ。ラスト2キロ、ペースを変化させて走るが、速く走っても心拍数が上がらなかった。最大心拍数が下がっているのか。
午後、部の会議に参加し、ボス仕事をキリのいいところまでやって報告する。
夜、おでんの残りと、トースト食べる。先週土曜日から今日にかけて10キロランを4回、40キロ以上走っているのに、体重が3キロ以上増えている。腹いっぱいになったのは、土曜の寄せ鍋、日曜のラーメンくらいで、それ以外の食事量は普通。むくみか。
久米宏関連の動画検索はひと区切りつけ、ここ数日はラジオ音声ばかり検索して聴いている。『土曜ワイドラジオTOKYO』でレポーターをやっていた頃の音声が面白い。毎週土曜の放送のため、月曜から金曜までネタを考えていたらしいが、そういうことを5年間もやっていれば、そりゃ、企画力と生番組の対応力が身につくだろうと思った。
面白かったのは1974年の放送で地下道をレポートしていた時、スタジオゲストに黒柳徹子が来ていて、レポーターの久米さんに対して興味津々という感じで質問していたことだった。それが縁となって、『ザ・ベストテン』につながっている。
『ぴったしカンカン』で美空ひばりがゲストの回も見た。「この前飛行機でお会いした」とひばりが言うと、久米さんは恐縮していた。「女性と一緒だったら声かけようと思っていたけど、お一人だったからかけなかったの」と、お嬢は言った。
2001年か2002年頃に椎名林檎が『ニュースステーション』に出たことがあった。久米さんに、人生の最後に食べたいメニューを質問された時、「久米さんキャビアでしょう」と返していた。椎名林檎も久米さんに興味があるんだなあ、と思った。
『ザ・ベストテン』の頃から久米さんを見ているが、『ニュースステーション』は毎日見ているほどではなく、ラジオも聞いておらず、久米さんの番組をほとんど見てこなかったに等しい自分が、なぜ久米さんの死を引きずっているのか、ずっとわからなかった。
しかし最近、過去の映像や音声の検索に自分を駆り立てているのは、自分の中にいる女性部分であるような気がしてきた。『オレの中にいるおばちゃん』だ。ショックを受けているのはオレではなく、おばちゃんではないのか?。
そのことを自覚しつつ、改めて動画や音声を、おばちゃんと一緒に見直すと、要するに久米さんは、ひたすらモテていたのではないかという仮説が浮かび上がった。1970年代の久米さんならラジオ中心だ。喋りが明るく楽しくて、この人いいなあと思い、その次に『ハンサム』で、しかも『背が高い』が来る。黒柳さんが興味津々になるのも同性として分かると、『おばちゃん』は思っているようだ。
『ぴったしカンカン』の美空ひばりや、『ニュースステーション』の椎名林檎も、興味の熱に差はあるけれど、本質的には同じで、久米さんがこの二人に対して『モテていた』ということではないか。
『おばちゃん』にひっこんでもらい、普通のおじさんに戻って考察すると、なるほど、モテないわけはないよなあと思う。そこには、放送に革命を起こしただのといった理屈は一切ない。反射的に「ステキ」と思える。
こうした、モテの下地を考えることなく、久米さんの人気を男が分析すると、片手落ちになるのではないか。
そういえば上沼恵美子も、『ニュースステーション』最終回のビールを飲む映像を見たのだろう。「凄い気持ちよかった」と追悼コメントをしていた。これも久米さんが上沼さんに『モテパワー』を及ぼしたということではないか。同じく、令和に生きる女性達にも、あらためてモテたのではないか。久米さん、こんなにかっこ良かったんだ、と。
そういうのを踏まえて、昔の『土曜ワイドラジオTOKYO』を聞く。町の女性に口紅を塗ってもらって、用意した紙にキスマークをつけてもらうレポートをしており、若い女性たちにいきなり「キスしたことありますか?」と質問していた。女性達は「キャー!」と笑いころげていた。かわいい。華やいでいる。何の気なしにこんな質問をした久米さんは、絶対、当時の団地妻リスナーたちにモテていたはずだ。
「今の時代じゃアウトだね」とか、したり顔で言うおじさんは、モテないだろう。

