教えることと、運命の一冊のこと

7時50分起き。
最近は床につく時間が1時から2時の間であることが多いので、睡眠時間は6時間強。
長いと思う。

9時から仕事。
新人くん、自分を呼ぶ時に、
「先生、これはどうするんですか?」
と言ってくる。

「先生は恥ずかしいからやめて」
「じゃあ教授」
「まあそれでいいや」

しかし、それもやはり問題がある。
坂本龍一じゃあるまいし。

「じゃあ、どう呼べばいいでしょう?」
「そうだなあ、いっそ、神様って呼んでくれよ」
「わかりました神様」

ほんとに呼んできた。

昼、久しぶりにとんこつラーメンの店へ。
環七の「なんでんかんでん」が閉店したニュースを知り、とんこつが食べたくなったのだ。

この三日間、深夜になるとラーメンが食べたくてたまらなくなった。
晩秋になると、理不尽な食欲亢進に悩まされることが多い。
近所の「山ちゃん」へ行けば、真夜中でも食べられる。
たぶん、冬に備えて、体が脂肪を蓄えようとしているんじゃないかと思う。

この三日間は、欲求を抑えることに成功した。
その御褒美としての、昼のラーメンだった。

食後、休憩室で『こころ』を読む。
最後に読んだのはいつだったろう?
もしかすると、大学生の頃だったかもしれない。

主人公よりも先生の方に感情移入しやすくなっていた。
言葉の裏にある人生の苦みがわかるようになったということだろうか。

17歳の高校生が、そういうのをすんなりわかってしまったら、不気味だ。
だからといって、読ませるべきではないというわけではない。
むしろ、読んでもわからない本こそ、どんどん読むべきじゃないかと思う。

高校二年の夏から、読書の習慣をつけるようになった。
理由は簡単。
夏休みなのに、金も予定も何もなかったからだ。
毎日がつまらなくて、腐っていた。
時々、文化祭の映画撮影で学校に行く以外は、家でごろごろしたり、あてもなく外を歩いたりしていた。
荒川の、人っ子一人いない土手でTシャツを脱ぎ、西日に上半身をさらしてボーッとしていたこともあった。

なぜか夏目漱石の『こころ』が家にあった。
自分で買ったのか、親がおせっかいで買ってきたのか、どちらかは覚えていない。
やることがないから、それを読んだ。
読み終わってから、芥川龍之介の文庫本を三冊買って読んだ。
志賀直哉の『暗夜行路』を読み、夏目漱石の『三四郎』『それから』『門』を読んだ。
国語の資料総覧に載っているような本ばかり読んだ。

(最低の夏だけど、せめて<偉い人>の書いた本を読んでいれば、無駄じゃない夏だったと、後になって思えるかもしんないよな)

そう考えていた。

17歳の自分に言ってやりたい。
「ナイス判断!」
ついでに10万円くらい小遣いやりたい。
もしあの時の自分が10万もらったら、何買っていただろう?
洋服? パソコン? 睡眠学習セット? ゲーム? 楽器? 英会話の教材? 背の伸びる薬?

秋になっても本を読むことを続けた。
有名な文学作品ばかり。
トルストイの『戦争と平和』は、読み終えるまでに2ヶ月くらいかかった。
ドストエフスキー『罪と罰』を1ヶ月かけて読んだ。
読んだその時は活字を追い切ったという感覚しかなく、当時の日記を開いても感想らしきことは書いていない。
わかったという実感はまるでなかった。

高校三年になると母親が、
「あんた、受験なんだから、本読むのをそろそろ控えなさい」
と言った。

わけのわからない注意だが、
(それもそうだな)
と素直にしたがった自分も自分だ。

成績が悪かったので、高三の夏休みが終わるまでは、必死で勉強した。
勉強の仕方がわからないので、勉強という行為に時間を費やした。
カレンダーに時間を記入して満足していた。
だから成績が悪かったんだろう。

秋になり、無性に本が読みたくなった。
その頃、なぜか気晴らしにアニメばかり見ており、毎月『アニメージュ』まで買っていた。
『アニメージュ』で、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』のことを、押井守が書いていた。
買って読んだ。
それがSFとの出会いだった。

しばらくSFを中心とした読書が続いた。
ハインラインが多かった。
ブラッドベリは難しく感じた。

大学に入ってからは、通学時間が往復2時間あったので、それが読書時間になった。
長いシリーズもののSFやファンタジーを好んで読んだ。
『グインサーガ』や『幻魔大戦』を読んだ。
合間にカミュの『異邦人』やサリンジャー作品、漱石の『彼岸過迄』を読んだ。
楽しみとしての読書と、学びとしての読書を、自分の中で分けていた。

大学3年生になって間もない頃、バイトに行く途中、手元に読む本がないことに気づいた。
駅の途中で本屋に入り、新刊コーナーにあった文庫本を買った。
あらすじを読んで興味を持ったのだ。
それが筒井康隆の『夢の木坂分岐点』だった。

たぶんこの本が、自分の運命を変える一冊だったのだと思う。
電車の中で読み、途中から夢中になり、バイトの休憩時間に読み、バイト帰りに読み、家に帰って読み続け、夜中に読み終わった。
感動、というのではない。
それまでの自分を作っていた論理構造が、反転してしまったような衝撃だった。

だからといってその本を、人に勧めたりはしない。
17歳の夏に読書を始め、SFを経由しながら読書を続け、演劇を始めたり色々やったりする中でたまたま出会えたことが、その衝撃を作ったのだと思う。

その後は、筒井康隆作品の文庫本を買いまくった。
夢中になって読みまくった。
新聞小説『朝のガスパール』は、毎日切り抜いてノートに貼った。
筒井さんが誉めた本も積極的に読んだ。
影響を受けていると自覚することが心地よかった。

カート・ヴォネガットの存在は、筒井康隆の『着想の技術』で知った。
初めて読んだヴォネガット作品は『タイタンの妖女』
面白かったが、その次に読んだ『スローターハウス5』の方が、SF好きだった二十代の自分にはピンときた。
『スラップスティック』『猫のゆりかご』『チャンピオンたちの朝食』『ガラパゴスの箱船』『ジェイルバード』
読み進むうちに、ヴォネガットもまた自分にとって大切な存在になった。

本を買っていたのは、二十代の頃までだ。
三十になってからは、図書館で借りて読むようになった。
メリットは、お金のことを気にせずに読みたい本が読め、本棚がパンクしないこと。
デメリットは、読みたい本がいつでも借りられるとは限らないこと。

図書館を利用するようになって、読書量は増えたと思う。
今ではネットで予約ができ、取り置き完了のメールまで来る。
便利な時代になった。

『こころ』で読書を始めて、運命の一冊『夢の木坂分岐点』に出会うまでに費やした年月は、3年半だ。
受験勉強前半の半年は読書をしていなかったから、それを差し引いて3年ちょうど。
運命の一冊に出会う平均日数として、早いのか遅いのかはわからない。
でも、出会えた方が、人生のすごろくのマス目が進むのは、間違いないと思う。

昼休みの読書を終え、仕事に戻る。
クエリ作りの課題をこなしていた新人君が、
「神様、質問があるんですが」
と聞いてきた。
「やっぱり神様もやめて」
「駄目ですか?」
「自分は何様だ? という気持ちになっちゃうよ」
「じゃあなんて呼びましょう」

お釈迦様と呼ばれることになった。

同僚の女性がデータインポートの依頼をしにきた。
新人君にやらせるにはぴったりの内容だった。
「更新クエリと追加クエリを両方勉強しよう」
「はいお釈迦様」
「やっぱり、そのお釈迦様という呼び方もやめよう」
「どうしてですか?」
「どうしてって、いくらなんでも、お釈迦様呼ばわりはないだろう」
「じゃあ、博士でいいですか?」
「もう、なんだか、それでいいや」

更新クエリと追加クエリの作り方と注意点を教える。
実行ボタンを押す時にプレッシャーを感じるらしかった。
「大丈夫だよ。間違ったら俺が直すから」
「はい博士」

ここは研究室か?

夕方まで、神様とか教授とか先生とか博士とかお釈迦様とか色々呼ばれながら仕事をする。
定時に終了しようと思ったら、PCが固まってしまい、10分くらい残業となってしまった。

池袋へ。
理保さんと待ち合わせ、さしで飲みながら話す。
用件を話してからは、雑談ばかりとなった。
店の音楽が、ビートルズ、ストーンズ、ツェッペリン、フー、ザ・バンド、イエス、CCRと、自分がウォークマンに入れているものばかりだった。
ジョージの『オール・シングス・マスト・パス』まで流れた。

つもる話をしたというより、自分が延々と、演劇のことや四方山話を喋ったような気がする。
それでも、理保さんとそうやって「たんと」喋るのは初めてだったので、大変面白かった。
10時半まで。

11時過ぎ帰宅。
シャワーを浴び、こうしてやや長めの日記を書く。
そろそろ書き終わる。
書き終わったら寝よう。