真夜中に一度起きてあんパンを食べた。
5時40分起き。
着替えて出かける。
コンビニでおにぎりを二つ買い、歩きながら食べ、駅前の富士そばで、コロッケうどんの大盛りを食べる。
6時40分だった。
レース前最後の炭水化物補給はこれで完了。
武蔵浦和駅に向かう。
寝不足というワケではないはずなのに、頭がフラフラした。
体調が悪いのではなく、意識がぼんやりしている感じだった。
7時半に武蔵浦和到着。
コンビニでグレープフルーツジュースを買い、ちびちび飲みながらシャトルバスの列に並ぶ。
前に並んでいる男性二人が、去年の彩湖マラソンについて会話をしていた。
雨降ってひどい天気でとにかく寒くて大変で、途中で完走を諦めたそうだ。
シャトルバスは到着が遅れ、会場の彩湖・道満グリーンパークには8時20分頃に着いた。
マラソン大会の規模としては、板橋Cityマラソンの10分の1といったところだった。
ユニフォームに着替え荷物を預けるが、人の数もそれほど多くなかったので、並ばずに済んだ。
設置されたトイレの数はそれほど多くなかった。
開始の号砲が鳴ったのと、トイレから出たのが、まったく同じタイミングだった。
急いで列の後ろに並ぶ。
スタートゲートをくぐってからしばらくは、人がつまっていてまったく走れなかった。
周回コースに合流してようやく走ることができた。
号砲から5分経過していたのに、1キロも走れていなかった。
コースの幅は狭かったが、人がそれほど多くないため、すぐに自分のペースで走ることができた。
およそ2キロ地点に水門を渡るためのスロープがあった。
上って下りると少し先左手にエイドステーション。
さらに進むと再びスロープ。
彩湖沿いを走り、最終コーナーの橋を渡る前にまたスロープ。
1周およそ4.6キロだった。
1周走った時点で、経過時間は29分だった。
ストップウォッチはスタートゲートをくぐってから押したのだが、ゲートから周回コースに入るまで、列が止まったり、かなり時間のロスがあったせいだろう。
2周目に入ると人が分散して走りやすくなっていたので、巻き返しを図る。
エイドステーションは2カ所あった。
2キロ半刻みで水分補給ができるのはありがたいと思ったが、コーラとファンタグレープが並んだ長テーブルがあるのには驚いた。
スポーツドリンクと水も、もちろんあったが。
3周目を走り終わった時点で、ペースを計算する。
去年は折り返し地点まで、5キロごとのラップタイムが24分台だった。
15キロ地点過ぎで一回トイレに行ったので、その時だけは25分台。
1キロに換算すると、5分台を切る感じで走れていた。
今回は明らかにそのペースを下回っていた。
4周目、最初のスロープを上り下りしてから、トイレに行く。
仮設トイレではなく、公園のトイレ。
すでに数名のランナーが並んでいた。
およそ2分のロス。
コースに戻るが、両腿の筋肉が張り始めていた。
一昨日20キロ走った疲労もあるだろうが、先週、先々週の土日にまったく走れなかったツケだろうと思う。
それでも心配していた右膝はまったく痛まなかったので、フォームが崩れないように気をつけて走った。
5周目。
9周走るコースなので、5周目の途中が折り返し点となる。
だが、コースどのあたりがそれになるのか、今ひとつわからなかった。
6周目。
このあたりからしんどくなってきた。
しんどさの原因はスロープだ。
最初のスロープを上り下りし、ほっと一息ついてすぐ、スロープを上り下りし、最終コーナーの橋でまたスロープを上る。
1周3回の上り坂が9周分、つまり、ゴールするまでに27回も坂を上らなければいけないのだ。
初めのうちは何てことない坂も、5周目あたりから手強くなり、6周目の時は最初の水門スロープを登り切った時点で、
「マジかよ…」
と弱音が出てしまった。
6周目にもトイレに行った。
風がわりと冷たかったのと、水分を沢山体にためていたのとで、トイレが近かった。
たぶん、そのあたりのどこかで、70キロのウルトラマラソン走者にゆっくり追い抜かれた。
去年あたりから、抜かれようが抜こうが自分のペースを守れるようになってきたのだが、今日自分を抜いたランナーは、ヘルメットとマントを装着したガッチャマンコスプレのランナーだった。
大鷲のケン。
ちょっと落ち込んだが、向こうは科学忍者隊だし、しかも主役だし仕方ないと、自分を慰めた。
7周目。
最後の3分の1。
28キロから32キロ地点に換算し、板橋Cityならどのあたりかなと思いながら走る。
坂がものすごくきつく感じた。
歩きはしなかったものの、上っている最中は早歩きくらいのペースに落ち込んでしまった。
橋にランナーが倒れていた。
口から血を流し、心臓マッサージを受けていた。
ふらついて倒れ、頭を打ったのかもしれない。
救急車のサイレンが聞こえたので、少し安堵する。
8周目。
残り10キロを切ったと思うと、心理的に楽になった。
エイドステーションは走りながら食べ物を取るには不向きだったので、小走りしながらあんパンのこまぎれを取り、水をちゃんと飲むようにした。
去年は走りながら食べ、走りながら飲んでいたのだが、食べてしばらくは呼吸が乱れた。
今回はそういうのがなかった。
たぶん、咀嚼しながら走るのが、呼吸器系に良くないのだろう。
一つ学んだ。
9周目。
腕の振りとピッチ走法を意識し、最初の坂を上り下りする。
不思議と、6周目7周目よりも早く上ることが出来た。
最後のエイドステーションで梅干しと水を補給。
最終コーナーの橋を渡る前あたりで、ラストスパートをかける。
タイムは明らかにダメダメだったが、ラストスパートをかけられるかどうかが心理的には重要だ。
グロスタイム3時間55分でゴール。
手元の時計は3時間53分だった。
ゴール地点の少し先にテントがあり、記録賞をその場で発行してくれた。
両腿はパンパンだったが、その場にへたり込むほど消耗はしておらず、その辺はしっかり炭水化物を補給したおかげではないかと思う。
荷物を受け取り、更衣室ではなく公園の水道へ。
顔を洗い、持参したタオルをぬらし、体を拭いた。
前回、前々回と、ユニフォームがこすれてできる上半身のみみず腫れは、今回はなかった。
本部テントで、間違えて振り込んでしまったウルトラマラソンのお金を返金してもらう。
係の女性が海賊の帽子を被っていた。
シャトルバス乗り場に向かう。
土手の上り下りで腿の筋肉が少し張ったが、歩行には問題なし。
武蔵浦和からそのまま3時過ぎ帰宅。
シャワーを浴び、スプライトを飲み、一息ついてから出かける。
総武線で錦糸町へ。
5時過ぎ、東武ホテルレパント東京へ。
仕事の同僚の結婚式二次会に出席する。
会場内には他にも同僚が来ていたので、肩身の狭い思いをせずに済んだ。
「焼けましたね。どこ行って来たんですか?」
と聞かれたので、
「想像を絶するようなことをしてきましたよ」
と答える。
新郎新婦の真ん前の席だった。
新郎のBさん、美しい花嫁さんと並んでいる姿は、東南アジアの皇太子のようだった。
ビュッフェ形式の料理を味わう。
マラソン後、初の食事。
減量後のボクサーみたいな心地だったが、野菜とタンパク質を中心にゆっくり食べた。
ローストビーフ、焼き豚、どれも美味しかった。
ビンゴ大会になる。
ビンゴ運は昔から乏しいのだが、カードに念を送ったら2番目に当たってびっくりした。
商品は、電子レンジで魚が焼けるプレートだった。
和やかな感じに会は進んだ。
料理も美味しく、Bさん夫婦はほのぼのと幸せそうで、来て良かったと思った。
7時半に会は終了。
お幸せにと挨拶をし、まっすぐ帰る。
途中、同僚O君が先を歩いているのを見かける。
後ろをついていくが、スマホに夢中でまったく気づかれなかった。
9時前帰宅。
ひとり、マラソンの反省会を開く。
まず、準備期間の短さ。
これは前からわかっていたことなので仕方ない。
だが、週末だけ長い距離を走る計画に頼りすぎていたのは失敗だった。
土日の天候が悪いと、トレーニング期間が開いてしまう。
実際、先週は強風、先々週は雨だった。
本番ひと月前に32キロ走れたことにほっとしてしまったのも良くない。
平日2日おきに地道に走るべきだった。
シューズとユニフォームは問題なかった。
着圧ソックスをはかなかったので、足の裏の豆も出来なかった。
コースは、板橋Cityマラソンや淀川市民マラソンよりもしんどかった。
事前に坂があることをリサーチしておくべきだった。
だが、坂のあるコースのしんどさを体験できたのは良かったと思う。
多崎つくるを読みたかったが、さすがに頭がぐらぐら揺れてきた。
11時半に就寝。