ギザギザ十円

 なぜか財布の中に10円玉が30枚も入っていた。
 仕事に行くための電車賃で使い切ってしまおうと思い、朝のラッシュ時に10円玉を一枚一枚自販機に入れていったが、ギザ10(ギザジュー)が8枚ほどあって、何度入れても戻ってきた。
 おかげで仕事に1分遅刻した。
 昔は貴重品扱いされていたギザ10だが、時代が21世紀になってもしぶとく生き残り、しかも自販機に使えないとなると、ただの厄介モノだ。

 古銭収集の趣味も、今ではひどくマニアックなものになってしまったようで、中学以来そんな趣味を持つ知人を知らないし、それは切手収集も同じである。
 目利きがいなくなったことで、珍しいコインはそのポジションを厄介モノ方面へとシフトしていったのではなかろうか。

 夕方、仕事の後にいったん実家に寄り、衣装で使うバスタオルを物色してから稽古場に行く。
 財布はまだパンパンに膨らんでいた。
 台本の差し替え部分を鈴木さんにもらい、コピーをしたのだが、お釣りの50円を「お駄賃」として貰った。
 「わーい」と言ったものかどうか、しばし迷った。

 風呂泥棒のシーンの稽古。
 スローモーションの稽古は、日ごろ使っていない筋肉を酷使するため、結構辛い。
 訓練と実践の関係について考えてしまう。
 そういえば昔はよく、変わった肉体訓練を試したっけ。
 若い時だったから、それが本当に必要なのかどうかより、ただ肉体が疲労することによって生ずる充実感のみを求めていたのかもしれない。

 ともあれ、スローモーションの稽古は独自にやらなくてはならないだろう。

 稽古後、ギザ10だけでオレンジジュースを買う。
 妙に味が濃く、喉の渇きを癒すというよりは、よりいっそう渇望をかきたてる飲み物であるような気がした。