映画監督深作欣二

 本を読むのに一番適した空間はどこだろう。
 少なくとも自分の部屋ではないなと思う。
 気が散る要素が多い。
 ではどこか?
 たぶん、電車の中だ。
 というよりも、読む本を持たずに電車に乗ることはほとんどない。
 持たないで乗ると、移動時間が長く感じられて仕方ない。

 夕方、本を読むためだけにマクドナルドに入る。
 『映画監督 深作欣二』読了。
 山根貞夫による深作欣二へのインタビュー集。
 500ページの大著だが、一気に読み終えるほど面白かった。
 インタビューは1999年から足掛け2年にわたり行われたらしい。

 東映という映画会社にいたためか、プログラムピクチャーを量産し、中にはとんでもない作品もある。
 そのあたりは作家性の強い松竹の監督とは育ちが違うようだ。

 黒澤明がアメリカ資本で監督を引き受けた『トラトラトラ』を降板した事件についても、興味深いことを語っていた。
 コスト上の理由から、東宝に比べてべらぼうに安い東映の京都撮影所を使用することになった黒澤明は、艦長役以下の俳優に素人を起用した。
 そして、日常生活でも海軍式の敬礼をさせたり、制服を着せて撮影所内を行進させるなどして、役になじませようとした。
 これは『椿三十郎』の撮影で、加山雄三たちの若侍に衣装を着させ、刀をさして歩かせたのと同じで、役の基本動作を体に覚えこませるために黒澤監督がとった方法だ。
 しかし、当時の東映はヤクザ映画全盛で、着流しのチンピラ役の俳優たちが撮影所にはごろごろいた。
 その中を、海軍士官の格好をした役者が行進したら、
 「頭おかしいんちゃうか?」
 となる。
 黒澤明は、
 「なんだあの連中は! ヤクザめ!」
 となる。
 つまり、東映で黒澤的なやり方は不可能だったということだ。
 そのせいかもしれないが、東映出身の山城新吾はその著書で、黒澤明を批判している。
 深作欣二は、黒澤降板後の『トラトラトラ』監督を務めた。

 インタビュー初期の時点で、すでに自分が癌であることを知っていたためかもしれないが、発言内容は実に屈託がない。
 小津安二郎の『晩春』に「かなわないなあ」と言い、『蒲田行進曲』の原作者つかこうへいには「役者の演出ではかなわんから」と認めている。
 「あの作品を俺は認めない」
 みたいな頑迷さがまったくないためだろうか、読み終わって感じる清清しさは格別だった。