3年ぶりの板橋Cityマラソン

5時半過ぎ起床。
焼き海苔をおかずに、ご飯を2杯食べる。

6時過ぎに家を出る。
外は曇り。
雨が降らなかったのが嬉しい。
寒さも感じなかった。

7時半過ぎに浮間舟渡へ。
ホームはランナー達で一杯だった。
初めてフルマラソンに出た時は、駅に着いた時から緊張したが、4回目になると慣れてくる。

8時過ぎに会場到着。
ユニフォームは下に着込んでいたが、あまり早く脱ぐと寒さでトイレが近くなるので、8時半を過ぎてから脱いだ。
地元のブラスバンドによる演奏が聞こえた。
なぜか甲子園のテーマ曲だった。
荷物置き場が混んでいた。
カートを預けてからトイレに並ぼうとしたが、スタートまで残り10分を切っていた。

今回のゼッケンは4000番台。
まあまあの位置だ。

9時に号砲が鳴る。
前に3000人ほどの人が詰まっているので、すぐに走り出すというわけにはいかなかった。
いつものことだ。
3分丁度過ぎた頃、スタートゲートをくぐれた。
前々回より3分早かった。
ストップウォッチを押す。

周りのランナーがそこそこのスピードで走っていたので、最初の5キロ地点まで1キロをおよそ5分前後のペースで走ることができた。
これは大きかった。
2008年の時は、10キロ地点まで人が密集していて、自分のペースで走れなかった。

5キロ地点を過ぎてから、1キロを4分40から50秒の間で走った。
沿道の応援は、あまり多くなかった。
太鼓やチアリーディングなど、集団による応援がまったくなかった。
雨が降りそうだったので中止になったのだろうか。

10キロを、ネットタイムでおよそ42分ほどで通過した。
筋肉、呼吸系の調子に異常はない。
周りのランナーのことも、まったく気にならなかった。

スタートした時からトイレに行きたかったが、15キロを過ぎるまでは我慢しようと思っていた。
そのあたりにくれば、トイレに行ってもそれほど多くのランナーに抜かれることはないだろうし、トイレが空いている可能性も高い。

給水とフードチャージはこまめにした。
給水はミネラルウォーターとスポーツドリンク。
フードはエナジータブ、あんパン、飴など。

17キロあたりでトイレに行き、およそ1分前後のロス。
そのあたりまで1キロ4分台後半のペースを維持できていた。
ロスを差し引いても淀川市民マラソンの時より早い。
足の筋肉が少し張り始めていたが、トイレから出たら治っていた。

JR総武線の鉄橋下で、女の人が一人でリコーダーを吹いていた。
何かの曲の間奏だった。
聞き覚えがあった。

グロスタイム1時間48分丁度で折り返し点に到達した。
ネットタイムは1時間45分。
3時間半ペースだ。
そのタイムで最後まで走れるはずはない。
むしろ、後半の失速に対してのアドバンテージだと思った。
3時間38分を切るためには、後半を1時間53分以上のペースで走ればよい。

折り返してからしばらく、1キロ5分を少し切るくらいのペースで走った。
リコーダーを吹く女の人の前を再び通る。
間奏を聴いた時から予感していたが、案の定、ZARDの『負けないで』だった。
淀川マラソンの時も、どこかのオヤジがラジカセでこの曲を流していた。
応援する側にとってのスタンダードナンバーなのかもしれない。

30キロ地点が近づくにつれ、タイムは徐々に遅くなってきた。
給水所でもらった飴の袋をあけて口に放り込む。
何気なく袋を見て驚いた。
「ノンシュガー0カロリー」と印刷されてある。
マラソン中にカロリー0の飴をなめて、何の意味があるのだろうか?
次の給水地点で吐きだした。

31.5キロを過ぎた頃には、1キロ5分をオーバーするペースに落ち込んでいた。
前半に稼いだタイムが、少しずつ減ってきていた。
ここから1キロごとに、段々スピードが落ちてきた。

37キロ地点で、土手の下から坂を上らなければならなかった。
以前は30キロ地点前後に坂を上るポイントがあったが、今年はコースが変更になったのだ。
残り5キロの地点で坂を上るのはきつい。
そして今回の地獄はそこから始まった。
筋肉が悲鳴を上げ、心と体が走ることを拒む。
時計を見る。
前半戦の貯金が、残り少なくなっていた。
3時間38分を切るには、1キロを5分30秒台以上のペースで走らなければならない。

水門を過ぎ、上った坂を下りる。
スピードを上げて少しでもタイムを稼ぐ。
残り4キロ。
膝関節の曲げ伸ばしを意識して、すり足気味に足を運ぶ。
腕をしっかり振る。

必死で走って1キロを5分半弱だった。
残り3キロ。
遠くに新幹線の鉄橋が見える。
その先には戸田橋。
ゴールだ。

1キロを5分40秒。
40キロ地点を通過。
あと2キロ。
苦悶の表情を浮かべていることを自覚し、あえて顔の筋肉の力を抜いてみる。
空を見て、
(気持ちいいな)
と無理矢理思ってみるが、苦しみは消えない。

あと1キロ。
時計を見るゆとりはもうない。
ゲートが見えてきた。

あと数百メートル。
最後の力を振り絞り、ラストスパートをかける。
上半身をフルに使い、腕を思い切り振り、体幹を意識して足を前に出す。

ゴールが目前に見えた。
コース脇のグロスタイムの時計は、グロスタイム3時間40分丁度をさしている。
ゲートをくぐる瞬間にストップウォッチのスイッチを押した。
3時間37分37秒。

ぎりぎりだったが、ネットタイム3時間38分を切ることができた。
ラストスパートをかけていなかったら、危なかったかもしれない。

係員のおじさんに、シューズのタブを外してもらう。
エアーサロンパスを無料で配布していた。
腿にしっかりスプレーする。
荷物置き場でカートをもらい、更衣室へ。

ユニフォームが血まみれだった。
走っている時にはまったく気づかなかった。
皮膚が擦れて血がにじんでしまったらしい。
脱ぐ時に初めて痛みを自覚した。

シューズのサイズは丁度良かったが、ふくらはぎの着圧サポーターが土踏まずのところでよれて、右足の裏が水ぶくれになっていた。
前回も同じことになったのをすっかり忘れていた。
次回は別のサポーターを買うか、何もつけずに走ろう。

大きいウェットティッシュで体全体を拭き、ゆっくりと着替え、タイムの検証をした。
後半は前半よりも7分半余計にかかっていた。
1キロあたり20秒の遅れだ。
ペースが明らかに落ちたのは、30キロ地点を過ぎたあたりからだったと思う。
それまでは何とか5分10秒台を維持していた。

30キロ地点を過ぎてからは、給水地点を過ぎる時にペースが少し落ちた。
パンやエナジータブレットを口にすると、少しだけ呼吸が乱れ、その分だけ遅くなった。
走りながら息を整えるのが辛かった。

周りのことはまったく気にせず走れた。
コースには、ストップウォッチと自分だけしかなかった。。
走りながらどんどん内向していくような感覚があった。

更衣室を出て、浮間舟渡の「王将」へ。
定番のコースだ。
生ビールを頼み、天津飯、野菜炒め、餃子を肴にちびちび飲んだ。
朝よりも気温が低くなり、そのせいだろうか、喉の乾きをあまり感じなかった。

4時近くまで「王将」で休む。
5時半帰宅。
ユニフォームを洗濯し、シャワーを浴びる。
上半身にお湯をかけたら、あちこちがひりひりした。