芝居をやめられない病

 昼過ぎに起きた。
 夕方4時頃まで、本を読んだりして過ごす。

 5時、王子小劇場にて、えりあ21公演「ニヒキ」観る。
 劇団漠の1年下のさくらが所属している劇団。
 しかし、劇団は今回で活動を休止してしまうとのこと。

 太平洋戦争末期の沖縄で、壕に逃げ込んだ少年と少女の話。
 客席が舞台をコの字型に取り囲み、舞台装置はなかなか良かった。
 しかし、ラスト近くで徳永英明の、「こわれかけのRADIO」が流れたのには参った。

 終演後、さくらと話す。
 「劇団が活動休止したら、どうするんだい」
 「ほんとはやめようと思ってたんですけど、あと1年だけ、養成所に行こうかと思って」

 芝居は、一度始めたら、なかなかやめられないのだ。
 今まで、やめようと思ってやめた人を見たことがない。
 やめた人は大抵、しばらくやっていない状態が続くうちに、いつの間にかやめている。
 自分の意志ではやめられないのだ。

 大学時代、芝居を愛するあまり、演技の方向がどんどん間違った方へずれていく経験をしたので、自分を飼い慣らすのは、実に難しいことだと思っている。
 「自分」というのは大抵、見られたいと思うようには、見られてないものだ。
 そして、他人がそういうふうに見たがっている自分には、ことさらなりたくないものだ。
 地獄の門が開く。

 思った通りの役作りができず、それを、配役のせいにしたり、演出のせいにしたり、あるいは自分の努力不足のせいにしたりする日々。
 キツいキツい。
 アドバイスをしてくれる人は、そこら中にいるから、知らず知らずのうちに頭の中はアドバイスだらけになってしまう。
 お互い矛盾するアドバイスを抱えるなんてこともある。
 それでも芝居がやめられない。
 悪い意味でのジャンキーだ。

 治療法としては、1年くらい芝居から遠ざかるのが一番いいのだろう。
 1年後、以前より芝居を楽しむ心地になっていれば、治療は成功といえる。

 気軽なセミ・リタイアができないのは辛い。
 別居を離婚と見なされるみたいに、挫折とみなされるのが一番辛い。

 立川談志が引退した時に、その理由を聞かれてこう答えていた。
 「未練だからこそ断たなきゃならない」
 ストイックだが、それも辛かろう。

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