真夏のタタキ

 8時に起きる。
 久保田君と武蔵小金井の南口で待ち合わせ、相模大野まで行く。
 舞台美術のタタキだ。

 相模大野までは1時間以上かかるので、車中色々話をした。
 久保田君が初めて一人暮らしをしたのは、アパートではなく、寮だったという。
 「はじめは寮の方がいいって言われたんで」
 その寮は調布だか府中だかにあった。
 「月、9万円なんですよ」
 「げっ、それ、高すぎだよ」
 「ええ。しかも、寮の生活サイクルが自分とまったくかみ合わなくて。食堂はしまっちゃってるし」
 「いいことないね」
 その後彼は、専門学校を出てから、ミュージカル劇団に所属する。
 「そこも、月10万かかるんですよ」
 「それも高いね。どうしてそんなに?」
 「レッスン料が高かったですねえ」
 しかしその頃の縁がまだ地道に続いており、時々ミュージカル公演に誘われるらしい。

 タタキ場に着き、松本さんから作業工程を説明される。
 床材を作るのに、およそ7工程かかる。
 目地を入れて、叩いて吹いて塗ってこすってまた塗って、最後に塗って完了。
 しかしそれだけ手間隙かけて作った床材の質感はものすごい。
 これが舞台に並べられる贅沢さはどうだ?

 久保田君は塗り作業を、俺はサンドペーパーかけを延々と行なう。
 タタキ場には他の劇団の人々も来ていた。
 その中に、狂ったようにアニメ声の女の子がいた。
 日常をあの声で過ごすことで、ペルソナが得られるのだろうか?

 昼飯を駅前で食う。カロリーをとるためにあえてミックスフライ定食。

 午後以降は予定のあった久保田君はそこで帰った。
 再びヤスリかけの作業、ニス塗りと続ける。

 タタキ場は西を向いており、日が沈んでいくのが良く見える。
 いつの間にか日が沈むのが早くなっている。
 そして、日が沈むと意外なほど涼しくなった。
 日中にかいた汗のため、首筋に塩が吹いていた。
 近くの自販機で松本さんはお茶を買い、俺はドデカミンを買った。
 「麦茶が一番体に負担がないっていいますね」
 と松本さん。
 「そうなんですか」
 と返事をしながら、ドデカミンをがぶ飲みした。

 日が沈んでからは塗り作業をする。
 色の微妙なニュアンスがわからず、苦労する。
 8時半にようやく終了。
 「とりあえずこのくらいにしておきましょう」
 松本さんが言った。

 タタキ場を8時40分頃に出た。
 駅に着いたのは9時。
 電車が来るまで15分待った。
 登戸で降り、南武線に乗り換えた。
 電車が来るまで20分待った。
 府中本町で武蔵野線に乗り換えた。
 電車が来るまで15分待った。
 西国分寺で中央線に乗り換えた。
 電車が来るまで10分待った。
 電車そのものの時間が1時間と少し。
 そして待ち時間が1時間。
 うちに帰ったのが11時過ぎというありさま。
 なんという接続の悪さだろう。
 町田から横浜線で八王子周りか、下北沢から井の頭線周りにしておけば良かった。