栗本薫が膵臓癌で亡くなった。
真っ先に思い浮かんだのは『グイン・サーガ』のことである。
100巻を超えてすぐに買うのをやめた。
理由は、つまらないのを通り越して、なにか別の作品になってしまったと感じたからだ。
100巻に到達したのは2005年だった。
それから4年経った現在、最新刊は127巻だという。
4年の間に27冊も刊行されていたのだ。
4月くらいだったか『グイン・サーガ』がアニメ化されていることを知った。
(なぜ今さら?)
と思った。
アニメ化されたら?
そりゃ、面白いだろうと思う。
少なくとも50巻くらいまでは、手に汗握るストーリー展開が続くはずだ。
だが、その後はどうなるのか?
『グイン・サーガ』を読み始めたのは高校を卒業してすぐの春休みだった。
当時はまだ29巻までしか刊行されていなかったが、それでも執筆開始から10年経っていたのだ。
その29冊を、1日5冊のペースで読み終えた。
とにかく面白かった。
演劇を始める2ヶ月前のことだ。
面白い本と出会い、春休みだったため時間的に縛られず、ただひたすら読むことに集中できた日々。
幸せだったなあと思う。
その時の幸福感が、それから15年以上も自分に『グイン・サーガ』を買わせ続けたのだろう。
栗本薫の作品は『グイン・サーガ』以外にはあまり読んでいない。
『レダ』『パロスの剣』
それから評論の類を流し読みしたくらい。
90年代の前半は『グイン・サーガ』の刊行ペースが不定期で、1年に1冊出るか出ないかということもあった。
多作な人ゆえ、他作品にかかりきりだったりしたため、そのようなことが起きた。
また、当時はミュージカルを演出したり、小説以外の活動でも忙しかったようだ。
そういう時の『グイン・サーガ』の方が、面白かった。
90年代末期になり刊行ペースが上がってくるとともに、つまらなくなっていった。
なぜだろう?
数年前にインタビュー記事を新聞で読んだが、ご本人は若い時からあまり栄養について考えるタイプではなかったらしい。
食生活は不健康だったようだ。
記事が載った当時は、随分考えるようになっていたらしいが。
不健康な食生活は、不健全な魂を、経年劣化した肉体に宿すようになったのではなかろうか?
『グイン・サーガ』には名物のあとがきがあり、それを楽しみにするファンもいた。
面白かった頃のあとがきは、ファンクラブ会報に寄せる躁状態のメッセージのようで、読んでいて楽しかった。
だが一時期のあとがきは、とても暗かった。
おもしろくなくなり始めた頃と、時期を同じくしている。
それはひょっとすると、健康を害した頃ではなかったか?
70年代後半に颯爽とデビュー。
常に新進であり気鋭であった印象がある。
だが、もしも枯れることをもっと進んで受け入れていたら、運命は違うものになっていたかもしれない。
作者の運命も、作品の運命も。
それらすべてをひっくるめたものが運命というのだと、わかってはいるのだけれども。
昼、首筋のこりがひどかった。
整体に行かねばと真剣に思う。
夕方、稽古。
こず江さん、りほさん、畑中君、柳瀬君、森さん、一石君、上岡君参加。
前回の稽古とはメンツが異なるので、冒頭シーンで同じことをした。
すなわち、場所の共通イメージを持つ稽古。
本役については、プロフィールを練り上げ、コンビ作りをしていく。
台本にある設定は50パーセントのもので、残りの50パーセントを役者で埋めていく感じ。
そこにある肉体がなにより優先と肝に銘じる。
男の出演者が多い芝居は久しぶり。
楽しくて、自分も役者として輪に加わりたくなってしまう。
だが、加わりたいと思ってしまうということは、加わっちゃダメなんだろうなと思う。
稽古後、徒歩で帰宅。
自転車が欲しいと思う。