消えたふるさと

 貴志祐介『ISOLA』読了。
 多重人格を持つ少女の話。
 13番目に現れた謎の人格を巡るホラー。
 ストーリー展開は、たぶん面白いのだろう。
 つまらなくはなかった。
 しかし、登場人物の台詞や思考の流れに違和感を感じてしまい、世界に入り込めなかった。
 数ページに1回の割合で、
 (んな奴ぁいねえよ)
 と心の中でツッコミを入れてしまった。

 夕方実家へ。
 毛蟹とチャーハンを食べる。
 9時からジョギング。
 浦安橋を渡って浦安市を新今井橋まで走る。
 そこから一之江境川親水公園沿いの道を西葛西へ戻る。
 ウシガエルの鳴き声が聞こえた。

 一之江境川沿いの松江7丁目は、2歳から4歳まで過ごした町だ。
 当時の境川はドブ川で、ザリガニくらいしかいなかった。
 アパートの2階に住んでいて、隣にはかりんとうの工場があった。
 工場の前には犬がつながれていて、入ろうとすると大きな声で吠えて威嚇した。
 アパートの大家の息子はマーくんといって、ベーごま、ザリガニ釣り、メンコ、ローラースケート、その他下町の子供がやる遊びは大体やっていた。
 アパートの下の階にはマーくんと同い年のショージくんが住んでいて、模型飛行機、アメリカンクラッカー、ヌンチャク、プラモデルなど、当時の流行りものに強かった。
 10歳年上のこの二人に時々かまってもらった。

 4歳の9月に西葛西に引越した。
 随分遠くまで引っ越したと当時は思っていたのだが、実は自転車で20分くらいで行ける距離だったのだ。
 子供時代に2回、松江を再訪している。
 7歳の夏、母に連れられて行った。
 母親はかりんとうを買っていた。
 住んでいたアパートはもうなかった。
 工場の人と知り合いのうわさ話をしたら、ショージ君の一家が近くに家を建てたと知り、お宅にお邪魔した。
 テレビで甲子園の決勝をやっていて、東洋大姫路が優勝するのを見た。
 ショージ君には会えなかった。
 10歳の夏にも行き、このときは20歳になったマーくんに会った。
 マーくんはパーマをかけ、少し太っていた。
 「大きくなったねケンちゃん」
 と言われた。

 その頃から江戸川区は区画整理事業が相次ぎ、曲がった道は真っ直ぐにされ、ドブは下水道になったり親水公園になったりした。
 マーくんは15年前、31歳の時に亡くなった。
 そのことを母親が知ったのは、数年前だった。
 かりんとう工場で聞いたらしい。

 夜ということもあったが、ジョギングをしても、昔住んでいたのはどのあたりだったのかはよくわからない。
 小学校や中学校の位置関係から類推して見当をつけてみたが、当然のことながらそのあたりの風景は30年前とはまるで違っている。
 ジョギングを終えてシャワーを浴び、昔のアルバムを見た。
 3才当時の写真が見つかった。
 かりんとう工場の前で撮ったものだ。
 家と、小さな工場が、背景に建ち並んでいた。
 東京から遠く離れた地方都市みたいな風景だ。
 下町の情緒もあった。

 結論を言えば、ふるさとは消えてしまったということだ。
 今でもあったらそりゃ嬉しいが、なきゃないで、ないなりにやっていくしかない。
 故郷は遠きにありて思うもの。
 近くば寄って目にも見よ?
 ふるさとを斬ってどうする。