戦争が身近にある時

 戦時中の標語を調べる。
 ・欲しがりません勝つまでは
 ・贅沢は敵だ
 ・打ちてしやまん
 ・進め一億火の玉だ
 漫画『はだしのゲン』には、戦時中は皆が皆戦争に協力的で、一部の善人だけがそれに疑問を抱くという世界観があった。
 子供の頃読んで、戦前はなんという暗い時代なのだろうと思った。
 が、さすがにそこまでいくわけはない。
 昭和初期のエロ・グロ・ナンセンス時代を、当時の人々は皆覚えているはずだ。
 窮乏生活を、正しい形と思っていたはずはない。

 『小津安二郎戦争日記』を読むと、戦争と個人の関係について色々と考えさせられる。
 たしか、
 「一寸、戦争に行ってきます」
 という文字をしたため、小津安二郎は戦地に赴いたのだった。
 「一寸(ちょっと)」
 というところに、戦争という状況で自分をどうやって成り立たせるかの矜持を感じる。
 あるいは韜晦か諧謔精神か。

 著名な映画監督だろうが俳優だろうが、時期が来れば皆戦争にかり出された。
 小津監督は日中戦争初期だから中国戦線だった。
 池辺良ははじめに中国戦線、次に南方のニューギニアに派遣され、泥水をすするような生活をしたという。
 森繁久彌は耳の病気で兵役を免れ、満州でアナウンサーをしていたが、終戦時にソ連軍の侵攻を体験している。
 黒沢明もどういうわけか兵役を免れ、戦争末期には国策に沿った映画『一番美しく』を撮影している。

 兵隊にとられた人もそうでない人も、等しく戦争というものに向き合わざるをえなかった。
 想像するしかないが、それは死と向き合うことに近かったのだろうか。
 のほほんと生きられない状況には違いない。

 夕方、巣鴨で稽古。
 冒頭のシーンから順番に稽古する。
 芝居は地面に根をおろし、おろしたがゆえに細かいことを付け加えられるような段階にある。
 新しい動きや演技を付け加えても、根っこが揺るがないのは頼もしい。

 11時帰宅。
 『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』再読。