おでこがピカー

 チェーホフの『かもめ』を再読する。
 止まらなくなり、『ワーニャ伯父さん』『桜の園』『三人姉妹』と立て続けに読み返した。
 初めて読んだのはずいぶん前で二十歳の時だったが、その時にはさっぱりわからなかった『ワーニャ伯父さん』が一番面白く感じられた。
 自分の年齢がワーニャに接近中ということもあるかもしれない。
 身につまされるというやつだ。

 先日、筒井康隆『文学外への飛翔』を読んだ。
 季刊『せりふの時代』に連載された、自らの役者活動を振り返るエッセイをまとめたものだが、蜷川幸雄演出の『かもめ』でトリゴーリンを演じたことが書かれていたと思う。
 蜷川さんは、
 「小説家に小説家を演じさせる」
 とひらめいてキャスティングしたらしい。
 どんなものだったのだろう?

 トリゴーリンといえば、映画『生きる』で伊藤雄之助が演じた小説家を思い出してしまう。
 伊藤雄之助はどちらかというと痩身だから、筒井康隆とは正反対だ。

 『文学外への飛翔』は面白かったけど、筒井さんのB型的自画自賛があちこちに炸裂していて、ちょっと恥ずかしさを感じもした。
 褒めてくれないと自分で自分を褒める傾向が、B型の人間にはあるかもしれない。
 同じB型人間としてはその傾向を、
 (まあ、他愛もないことさ)
 とやり過ごせるのだが、そう思えない人もいるだろう。
 (なんだあいつは。自分のことばかり)
 ならまだしも、
 (アイタタタタ…)
 と思われたら結構悲惨だ。

 人類最古の血液型はO型だったらしい。
 当時の人類は狩猟生活がメインだ。
 人口が増え、O型だけの集団から離脱する新しい集団が現れる。
 移動・遊牧という厳しい環境下でB型が誕生した。
 B型は遊牧生活での生き残り率が高かったらしい。
 そのため、遊牧民にはB型が多いという。
 やがて集団は新しい土地で定住し、農耕を始める。
 ここでA型が誕生。
 A型は穀物中心の食生活で、一番病気にかかりにくかったという。
 日本人にA型が多いのもうなずける。

 すべて、うろ覚えだから、正しい知識かどうかはわからない。
 しかし、B型人間の<うろうろふらふら>とした非定住っぷりは、ご先祖様からの遺伝だと思うと納得できる。

 うちの父親もB型だ。
 20代前半から後半にかけて、かなり大きな会社に勤めていたのに、衝動的に退社して今の会社に移った。
 息子であるB型の俺には、その行動がよくわかってしまうのだが、A型のおふくろ様にはさっぱりわからないらしい。
 何十年も繰り返されてきた夫婦喧嘩の原因がそこにある。

 自分もそうだ。
 大学4年の6月に家を飛び出して、就職活動に背を向け、そのまま卒業後も演劇を続けている。
 <説得>
 ではなく、
 <飛び出す>
 というところが、我ながらB型的だったなあと思う。

 以前あるA型の女性から、
 「血液型は何型ですか?」
 と聞かれた時の会話。
 「おれ? B型だよ」
 「へー、そうなんだー。B型の人ってわけわかりませんよねー」
 「どのへんが?」
 「なんかー、相手のこと考えないで自分中心の、わけわかんないこと言うじゃないですかー」
 「そうかな」
 「あたしが今まで会ったB型の人ってみんなそうでしたもん。あたし、B型嫌いですねえ」

 とはいえ、血液型占いなんて当たりゃしねえよ、と実は思っている。
 なぜなら、18歳の時まで自分はAB型だと信じていたからだ。
 その頃はみんなから、
 「塚本君ってABっぽいよねえ」
 と言われていた。
 B型なんて嫌いだった。
 だが献血をした時、
 「あなた、Bですね」
 と言われてしまったのだった。

 思えば、演劇を始めたのは、それからひと月後だった。
 もし献血をせず、自分はAB型だと思い込んだままだったら、演劇をしていなかったかもしれない。
 そう考えると、あの時に献血した俺の血は、どこのB型さんに輸血されたのか気になる。
 その人と会った瞬間、二人の体が閃光を発し、おでこに紋章が浮かんだりしたらどうしよう。
 しかもその紋章がマグネシウムリボンのロゴだったらどうしよう。
 「あなたは…?」
 ピカー。
 「探しましたよ…」
 ピカー。
 「劇団員になってください」
 ピカー。