朧の森に棲む鬼

夕方、新橋演舞場へ。
INOUEKABUKI SHOCHIKU-MIX『朧の森に棲む鬼』観る。

最上階3階の一番後ろの席だったので、オペラグラスを持参。
外は寒かったが、客席は暖房がよく効いており暖かく、さらに3階ともなると熱気が上にのぼってくる関係で、開演までの30分間ですっかりのぼせてしまった。

市川染五郎と阿部サダヲが、兄貴分と弟分を演じる。
阿部サダヲの役の重さは染五郎の3分の1といったところ。
盗賊の親分を演じる古田新太や、女将軍を演じる秋山菜津子も、同じく3分の1。

前半、呑気に構えて観ていたのだけど、舌を武器に成り上がって行く染五郎の毒気が演舞場を満たして行くにつれ、
(これは、とんでもないものを見に来たぞ)
という気になった。
とにかく、立ち回り、台詞回しが、憎たらしいほどよく決まる。
前半のラストで、
「高麗屋!」
と屋号を呼ぶ声がかかったが、
(うんうん、そりゃそうだ)
と、その声に全面的に同意した。

後半は展開がどんどん重苦しくなっていくが、重苦しいと感じる時点で、染五郎による<舌の結界>に観客の我々は巻き込まれてしまったのではないかとさえ思われ、オペラグラスを持つ手が汗に濡れた。
落ち武者狩りに囲まれ、槍で突いてきた相手をにらむ染五郎の顔は、この世のものとは思えなかった。
目がすごい。
ほぼ白目の片隅に、点のように小さくなった黒目があり、その小さい虚無が相手をとらえている。
そしてたちどころに地獄へ落とす。
あんなもの、かぶりつきで見たら、どうなっちゃうんだろう?

実力のある役者が脂ののる時機を迎え、その能力を最大限に発揮出来る場で、己の能力を解放する瞬間を見るというのは、観客として幸せなことだ。
たとえその物語が陰惨で救いのないものだとしても、役者が放出するエネルギーは何らかの形で見るものの魂を揺るがせ、力を与える。
それは、技術がどうこうとかいう問題を凌駕している。

良かった。
見終わって初めて、
(そういえば、うまい役者さんばかり出ていたなあ)
と気づいた。

本当はカーテンコールの、
<もっともっと拍手>
を延々と続けたかったが、時刻は10時を過ぎるという案配だったので、アンコール3回であきらめる。

荻窪のBLDYで夕食。
パスタとサラダとスープとコーヒー。
12時帰宅。