過去と未来

朝、寒かったのでスーツの上にダウンのコートを着る。
電車に乗り、オフィスに入って、即後悔。
暑い。

午前中、隣のチームの同僚から、Accessのツールを作れないかと打診される。
彼がExcelで作ったツールが、大人数に対応できないためだという。
話を聞くだけ聞き、どういう方法があるかを考え、意見を述べたが、今の状態でその仕事に手を出すわけにはいかなかった。
新人君の教育もあるし、自分の抱えている仕事で手一杯だ。
自分が手伝うに当たっては、リーダーを通して許可が出たらということにしてもらった。

昼、公演関連のメールやりとり。

昨日から、新人君にツール作りをやらせている。
自分の仕事が楽になるツール。
彼なりに考え、午前中からフォームをいじくっていた。
午後、見せてもらい、意見やアドバイスをする。

定時に退社。
下北沢へ。
「珉亭」でラーチャンを食べ、6時半に本多劇場へ。
加藤健一事務所公演『バカのカベ フランス風』観る。

ロビーで、伊神さんに声をかけられる。
「わたし、ここ出身なんです」
とのこと。
知り合いに会うとは思っていなかったのでビックリした。

席は、A列だった。
本多で一番前の椅子に座るのは初めてだ。
もっとも、上手寄りで、見やすい席ではなかったが。

風間さんが演じるのは、腕利きの編集者。
とある秘密のパーティーを楽しみにしている。
そのパーティは、参加者がそれぞれ「バカ」を連れてきて、バカぶりを楽しむというもの。
だが、浴室でぎっくり腰を起こしてしまい、参加ができなくなってしまった。
自分の探した「バカ」が家にやってくる。
バカを演じるのが加藤さん。

あとは、個人的に「バカぶり」を見分する風間さんが、あまりの馬鹿さに酷い目に逢っていくという、喜劇のお手本みたいな展開が続く。

風間さんと加藤さんの掛け合いが、予想していた以上にたっぷりあった。
時々風間さん独特の絶叫声も飛び出した。
平田満さんは、声だけで出演した。
初期つかこうへい事務所『熱海殺人事件』の、部長と刑事と犯人がそろい踏み。
胸の奥がじーん、となった。

上演時間は短かったが、間に15分の休憩を挟んだので、終演した時は9時を過ぎていた。

上演中に松本さんからメールがあり、夜に会えることになった。
渋谷に向かう。
「黄金の蔵」に入り、久しぶりに話す。

昨年の地震以来、舞台美術家としての去就について、色々思うところがあると、松本さんは言う。
加えて、今年も色々考えさせることがあり、将来のことを思うと、今から十数年後に今と同じことを同じ場所でやっているとは考えにくいとも。
4月に、18年住んだ部屋を出て、王子に引っ越したそうだ。
「18年もいると、いらない物がほんと沢山ありますよ」
とのこと。

『暮れなずめ街』の進捗についても話す。
過去公演『俺のつむじ風』『暮れなずめ街』の二つを一つにするということ。
その方法は、過去台本を書き直すのではなく、過去台本から人物のプロフィールを詳しく作って、そのプロフィールを元に新しく一つの台本を書くというもの。
こうすれば、テキストに縛られず、まったく新しい言葉で台本が書ける。

12時過ぎまで色々話し込む。
「年末まで、無事にいって欲しいですね」
今の現場が終わったら、それだけが今年の気がかりごとだという。

電車が遅れたので、2時近くに帰宅。
未来について、ひと思案する。

昔は、芝居だけやっていられる生活に憧れていて、バイトが苦痛になることが多かった。
今は、芝居は芝居、仕事は仕事と、完全に区分けができている。
どちらか、ではなく、どちらも重要と思っている。

仕事の場合は、やはりスキルに応じた報酬が欲しい。
待っていれば勝手に上がるというわけじゃない。
大きな決断をする必要もある。
大きな決断をためらわせるのは、過去の記憶だろう。
特に不満もなく続いてきた数年があり、それがこの先も続くとすれば、結構な話のように思うが、変化がないという状態が続くと、気がつかないうちに自分自身をさび付かせるのではないかと思う。
完全にさびついてしまうと、そこで試合終了かもしれない。

『暮れなずめ街』に当てはめて考える。
舞台となる街は、何十年もかけて、ゆっくりと寂れてきた。
賑やかだった過去は、戻ることはない。
再開発区域として生まれ変わったとしても、それは過去の賑わいと同じではない。
過去の賑わいを、まったく同じ形で取り戻すことは、決してできないことだ。
それは、街に限らない。
人間関係においてもそうだと思う。

かといって、取り戻せないことを悲嘆することもない。
かつて、確かにその賑わいはあったのだし、それを覚えている人がいて、記憶という形で共有されるのは、幸せなことだ。

自分の人生を振り返っても、同じようなことを思う。
今はなくなってしまったけど、それを自分は覚えている。
その過去は、自分の中にあって、同化して、自分自身の一部になっている。
消せるものではないし、忘れる必要もない。
全部含めて、それが、現在の自分なんだろう。

考えるうちに、3時を過ぎた。
音楽でも聴こうと思い、Youtubeでユーリズミックスのビデオを観ていたら、パソコンがシャットダウンした。
ネットで動画を見ると、パソコンが落ちる。
最近、この症状が顕著だ。

パソコンに、
「お前、そろそろ寝ろよ」
と言われたような気がしたので、電気を消し、布団に入った。
3時前だった。