夢に出て来た透明男

朝、夢を見た。
ドアフォンがなる。
玄関に向かうとドアが勝手に開いて、男が入ってくる。
勝手に入ってこさせぬために、飛びかかって二の腕をつかむ。
男はトレンチコートで、顔の部分だけ透明で、ドアの向こうが透けて見えた。
「本社から依頼されてきました」
と彼は言った。

そこで目が覚めた。

お粥で朝飯。
10時過ぎ、おばさん宅へ。
ルーターは届いたが、インターネットにつながらないという。

ルーターの電源が入っていないことが原因だった。

昼飯には早かったが、ぜんざいとそうめんをごちそうになる。
「ケンちゃん、おばあちゃんのそうめんが忘れられないって言ってたじゃない」
そう。
おばあちゃんの作るそうめんが、もの凄く美味しかった。
心臓の病で倒れたのが、オレが7歳か8歳の頃だったから、それ以前に食べた記憶がいまだにのこっているのだ。
しかも、出汁はしいたけと煮干しという組み合わせすら、記憶にある。
この記憶は、のちに加筆修正されたものだろう。
干し椎茸の出汁という存在を知らなかった。
のちに知ってから、ばあちゃんのそうめんのつゆみたいだなと思うことでの、加筆修正だ。

おばさんのそうめんは、確かにおばあちゃんのそうめんの味がした。

昼過ぎに辞去。
いったん帰宅し、すぐにかもめ座へ。
千陽さん客演の舞台観劇。

千陽さんが客演するのを見るのは4年ぶりだった。
あとは、すべてマグだ。
ここ2年ほど、マグでいつも一緒にやっていたので、新鮮だった。

千陽さんは、初読みの時に役の感じを出すのが抜群に上手く、たとえば稽古を欠席した役者の代役をやってもらうと、本人よりうまくやってしまったりする。
ただ、自分の役を作る時は、そのような初読みのニュアンス表現を一度取り壊すか、もしくは人物の性格や生い立ちなどより深いところを探るため、そのような上手さを見せることが少なくなる。
上手さとは、全然、正解じゃないのだということを、教えてくれるかのように。
前回のマグ不足「贅沢な肉」の時も、稽古の前半は役に苦慮していたが、ある稽古で何かを色々話している時に、すとんと胸に落ちるものがあったとおぼしく、それ以降はほぼお任せでどんどん役を磨いてくれた。
知的な役者さんだと思う。

その「知」の部分が求めているところを、与えてくれるような台本ではなかったというのが、今回の感想だ。
台本がそうでなくとも、演出によって与えることはできるが、つまり両方ともそうではなかったのではないか。

上手いと、その上手さを役者の「取り扱い商品」みたいに扱うことは、よくあることだ。
良い悪いはともかく。
でも実際は、その役者にとっては「非売品」だったりするのだ。

今回の舞台は、一見、人物の掘り下げや演技の作り方が、文学志向に見えつつ、実態は役者の演技をパーツとして扱っているようなちぐはぐざがあった。
だから、役者の演技スタイルがまちまちだった。
自然にやる人、小劇場風の人、などなど。

終演後、千陽さんに挨拶。
何はともあれ、客演で見られたことが新鮮だったと伝える。
田和くん見に来ていた。
「マグどうですか?」
二人に聞かれる。
「台本が進まない。今が一番厳しい」
と答える。

田和くんとデニーズへ行きコーヒーを飲む。
2時間ほど話す。
近況など聞いたり。

昨日の地震の話になった。
「おれ、まったく気づかなかったんだよ」
「けっこう揺れましたよ」

まったく気づかず、グーグー寝ていたのだ。
昨日なべさんと飲んだ時にもその話をした。
「全然気づかなかったし、レンジ台に並べている胡椒の瓶とかも地面に落ちてなかったんですよ」
なべさんは言った。
「誰かが戻してくれたんじゃないですか?」

田和くんにそのことを話していたら、急に思い出した。
先月引っ越してきて、最初に台所でみつけた生き物のこと。

「何だと思う?」
「なんでしょう…」
田和くんはわからないようだった。
「ヤモリなんだ」
「へー」
「台所の流し横に、ガスのお知らせが入った透明のケースを置いていたら、その下にいてさ。引っ越ししてきて最初に見つける生き物がヤモリなんて、縁起いいなあって思ったんだ」

ん?
ひょっとして今朝見た夢に出て来た、顔が透明の男は、あの時のヤモリだったんじゃないか?

「田和くん、どう思う?」
「いやー…」

答えようがない質問に、田和くんは考え込んでいた。

6時半に店を出て田和くんと別れる。

ぐったり疲れて帰宅。