弱者の映画

8月からずっとWordpressのプラグインJetpackがエラーを吐いていたが、WordpressとJetpack両方ともアップデートされてから、エラーは出なくなった。
と思いきや、Facebookやtwitterとの連携でエラーを出すようになった。
原因はどうも、サーバーで実行されるPHPのバージョンによるものらしい。
プラグインは7.0で書かれているのに、うちの使っているサーバーはまだ5.6だったのだ、
これは、おいらの手に余るわなあ、と結論し、頭のいい人が何とかしてくれるのを静かに待つことにした。

ふくらはぎの調子は昨日よりさらに良くなったが、まだ走れる状態ではない。
一週間は大人しく療養につとめようと思う。

昼、「味咲家」でカツ丼食べる。

台本が進まない。
原因は登場人物が四人しか出てこないことにある。
そのため、日々書いているうちに、四人芝居だけがどんどん進み、しかも会話の内容は意味がなく、時間つぶしを時間かけてやっているような感じになっている。
それでも、とにかく書くことにし、ストレスを感じつつも書き進めている。
対象が広すぎて絞れていないのが、進まない原因だ。
といって、どこに焦点を合わせればいいのか、その判断がつかない。

そんな状態で家に帰っても、書くことに意欲は持てず、テキストエディタを開くのが苦痛だ。
部屋は散らかり始め、郵便物、読まねばならぬ本、文房具、空き缶、コップ、コンビニ袋がテーブルに置きっぱなしとなり、洗濯物は干されたまま取り込まれず、食器は洗われずシンクに堆積し始めている。

夜、ホットドッグを作って食べた。

『我が青春の黒澤明』読了。
著者は植草圭之助。
黒澤明とは小学校時代からの幼なじみで、のちに「素晴らしき日曜日」「酔いどれ天使」などでシナリオを共同執筆している。

黒澤は弱者の気持ちがわからないということによる対立が、「素晴らしき日曜日」の時にあった。
主人公がヤクザにぶちのめされる場面だ。
黒澤は、「なぜ何度も立ち上がらないのか」と、登場人物の行動を批判した。
その態度は異様だったと、植草は書いている。

ただ、その理由を、黒澤は生まれながらの強者だからということにしているのには、疑問を感じた。

弱者の味方ではない、という点に関していえば、弱者が虐げられ奪われ、泥と涙にのたうち回るのを描いたからといって、弱者の助けになるとも思えない。

「用心棒」で、博打のかたに女房を取られた百姓を三十郎が助けるエピソードがある。
三十郎は百姓の情けないさまを見て、嫌悪を示すのだが、それとは裏腹の行動をとる。
妾にされた女の見張りを電光石火で斬り倒し、亭主と子供に引き合わせ、金を渡し、夜逃げさせる。
結果、仲代達矢演じる卯之助に女を逃がしたことがばれ、捕まってボコボコにされてしまう。

勝手な想像だが、黒澤明の中にあったのは、弱者に対する弱者の嫌悪感ではなかっただろうか。
ゆえに、弱者への視線は近親憎悪に似たものとなり、振る舞いは強者よりも強者っぽくなる。

とはいえ、黒澤明が強者だったかというと、そうも思わない。
「赤ひげ」を撮り終わった後、アメリカで「暴走機関車」を撮影することになったが中止となり、次の「トラ・トラ・トラ!」では撮影が進まず監督を解任される。
「どですかでん」は興行的にふるわず、四騎の会による映画製作も尻すぼみ。
黒澤プロダクションの経営も火の車となり、ついには自殺未遂事件を起こすが、ソ連で映画を撮ることになり、60才を過ぎて過酷な撮影に挑む。
これが「デルスウザーラ」で、どれだけしんどい撮影だったかは、スクリプター野上照代の著書に書かれている。
「赤ひげ」から「デルス・ウザーラ」までの10年間を思うと、黒澤明が常に勝ち組で、強者の味方であるとは、とても言えなくなる。