魔界を覗いた人

昨日は衣替えだというのに気温が30度を超えた。
今日も暑い。
9月は残暑の厳しさをほとんど感じなかったというのに、手のひら返しのようなこの気候はなんなのだ。
自転車を漕ぐと暑いので、ネクタイは外し、上着も脱いでいる。
馬鹿馬鹿しいことをやっている。
衣替えというのも、なんなんだ?
一斉に変える必要あるのか?
ネクタイは誰に対するエチケットとしてしているのか?
一日中座っているのに。

午前中、定例ミーティングに参加。
こういうのに参加するのはおよそ二年ぶり。
アシスタントのUさん、終わってからしきりに疑問を口にしていた。
二年前にいたSさんも、疑問と不満をはじめとする口にし続けていた。
忙しい時よりそうでない時の方が、不満は出やすいようた。

午前中、やりかけている仕事があったのだが、ミーティングに出たため午後に回すことになった。
気晴らしにUさんを連れて「ミルクランド」へ行き昼飯を食べる。

午後、午前中にやっていた作業の続きをする。
忙しかった。
といっても、去年の4月から延々と暇で、それに比べたらというレベルではあるが。

暇になった原因は、仕事をひとりでやらないといけなくなったためである。
それで、自分の抱えていた作業を他の人ができるよう、ツールを作って渡し、自分の作業が楽になるように整理した。
結果、午前中の仕事は、ボタンを三つ押してパソコンに実行させ、あとは結果を待っているだけ、というものになっていた。
人を使って同じ作業をすれば、数人で半日かかるとふんでおり、それを自動化したことに内心ほくそ笑んでもいた。
が、結果として暇になり、時間を持て余すことになってしまった。
これがここ一年半の状況。
今年になってからは、残業はほぼゼロにちかく、提示になったら誰よりも早く上がっていた。
イヤミな姿だろうなあと思いながら、だって仕事ないんだもんと、開きなおっていた。

今週かチームが変わり、色々頼まれそうな気配がしている。
同時に、Uさんに、内部構造ごと仕事を教えないといけない。
部署全体では、かなり多くの人間を今回雇ったようだ。
忙しくなるのを見越してのことかもしれないが、暇だったここ一、二年に決められた慣習は、忙しいときには足かせになるんじゃないかと思っている。

真面目な人ほど病んでしまう傾向があるからな。
してみると、この八年、病んでないオレは、不真面目なんだろう。

夜、里田まいがブログで紹介していたシラスご飯を作ってみた。
シラス、明太子、生卵、分葱をご飯の上に乗せ、味ぽんをかけて食べるのだ。
大変美味しかった。
暑い季節なら、冷蔵庫で冷やしたご飯で食べてもうまそう。

昨日細田くんと時代劇の話をして、急にショーケンの明智光秀が見たくなった。
ネットで検索すると、ニコニコ動画にアップされていた。

ショーケンの声は裏返り、滑舌も決してよくはない。
が、表情と叫び声は、この人物が尋常な状態にはないことをはっきりと示している。
狂気を感じさせるとではなく、狂気に埋没している。
信長を反町隆史が演じているのだが、若さを思えば健闘しているとはいえ、この光秀の、演技とは別次元の物凄い気とまともに対峙しなければならないことには、つくづく同情した。

ショーケンの声の裏返りは、ドラマ終了後も続いた。
身体的なものなのか、はっきりとしたことはわからない。
「うたばん」に出たときの、心ここにあらずの感じや、恐喝事件の会見での呂律が回ってない様子は、麻薬の影響かと思わせた。
が、ショーケンは明智光秀を演じるために、人の心の、通常の人間ならとても潜れないほど深いところにある、魔、といえるものを見て、芝居の形で外に放出したのかもしれない。

そこまでしなくてはいけないのか、ということではなく、人はそんな魔が自分の内にあることを本能で知るからこそ、それに魅せられる。
ショーケンの光秀は、魔界を見た男の顔をしていた。
冷たい汗が出た。
鳥肌が立った。
これを演技といっていいのか、もはやわからない。
むしろ演技なんて、便宜じゃないかと思ってしまう。

その魔界と人界に、境目を作るのが、芸能の役割なのだろう。
ショーケンの芝居を芸能のお手本にするのは、危険なことかもしれない。
並の神経の持ち主では、元の世界に戻ってこられないのではないか。

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