火花ショック続く

昨夜、パソコンをつけたら、Eドライブが認識されなくなっていた。現在ハードディスクは3台。ドライブレターはD、E、F。Dはマグ公演の写真や映像置き場。Eは映画音楽漫画などマイドキュメント置き場。デスクトップもEドライブ。認識しなくなると大いに困る。サルベージ用に新しいドライブを買っておくべきか。3台のHDDはトータルで7TB。2001年に初めてPCを組み立てた時のHDDは20GB。16年で350倍になった。

7時半起き。寒かった。布団がベッドからずり落ちそうになっていた。ずり落ちたらたちまち凍えていただろう。財布にお金がまったくなかった。駐輪場代すらない。セブンに行って現金をおろした。

8時50分から仕事。定例のミーティングがなくてほっとする。チェック表を作成。マニュアル作りを進めるよう言われる。

「火花」ショックか続いている。一番衝撃を受けた場面は、真樹登場のところ。木村文乃のメイクが薄かった。ノーメークではないのだろうけど、すっぴん感が演出され、とてつもなくリアルだった。ただ「おかえり」というだけなのに、出てきた瞬間、原作の真樹だ! と思った。この言い方が出来る人、滅多にいないぞ、とも思った。たぶんそれも板尾演出なのだろう。ああいう芝居をさせてオーケーを出すセンス。演技のソムリエとしかいいようがない。撮影は物語の順に進めていたらしい。だから後半になるほど、役者の芝居が良くなっている。後半が良かったという感想が多いのはそのためではないか。公式サイトでほんこんさんが述べている感想も良かった。神谷みたいな芸人は「実際にいてはったんですよ」など。

だがこの映画、原作を読んでいるのといないのとでは、受ける印象がまるで違ったものになるかもしれない。映画を先に見てから原作を読んでも、楽しめないかもしれない。真樹の登場場面で驚いたのは、原作を読んで抱いた彼女の印象がどこか観念的だったのが、あっけないほどビジュアル化されていたからだった。

昼、小伝馬町のあたりまで歩く。「華」で昼飯。ザーサイ麺のセット食べる。気温が10度を下回り、食べても汗が出なくなってきた。

休憩中、日本のゲーム市場についての記事をネットで読んだ。たとえばPS4は世界中で売れており、ゲームショーも大盛況。それに反して日本は据え置き型ゲーム機が売れなくなって久しい。海外ではゲームの表現がリアル志向だ。そういうのは日本で受けないとされている。逆に日本で受けているキャラクターもののゲームは海外で売れない。ゲームに求めるものが根本的に違ってきている。しかし90年代までは日本のゲームが世界の市場を制してきた。こういうことになったのは、面白いゲームが作られなくなったせいだとしよう。じゃあ、なぜ作られなくなったのだろう? 分岐点となっているのはゼロ年代だ。

ゼロ年代が終わって8年経つというのに、どんな時代だったのか、うまく捉えることができない。黒雲に覆われていて、それ以前と現在を分断しているように思える。だから、それ以前を知る世代の人々と、知らない人々は、現代において違う国の人のように意見が衝突する。

ゲーム、映画、テレビ。面白いものが作られなくなったジャンルが色々あるなかで、痛いのは音楽だ。ここ数年、懐メロになる歌がまったくない。AKB商法のせいにするのは簡単だが、そもそもCDが売れなくなったからこその商法だったわけだ。

やはり少子化の影響はとても大きいと思う。ゲームも映画もテレビも音楽も、若者文化が育ててきたものだ。若者が少なくなったらからといって、別の年齢層をターゲットに「ビジネス」していたら、ほっとかれた若者層はどんな作品で育っていくんだろう? 

10年程前、まだ幼児だった甥っ子用の絵本が実家に置いてあった。100円ショップで買った「ももたろう」だった。絵がアニメ調のセル画だった。愕然とした。最高の絵師が描いたものでなくちゃダメじゃん、と思った。アニメ、全然否定しない。100円ショップも否定しない。でもその「ももたろう」の絵は、子供だましだった。ダメじゃん。

オレの世代がガキの頃は、今より多かったから、子供向け作品はビジネスになったのだろう。だからかもしれないが、大人が本気で作った作品が沢山あった。アニメ「ガンバの冒険」なんかは、オレが子供の頃に見た作品だ。よくぞ我々ガキ相手に、大人が本気でこれだけのアニメを作ってくれたもんだと思う。

午後、手順書を作る。やたらにコマンドボタンが増えている。良いのか悪いのか。

オーケーストアで買い物して帰宅。いなばのタイカレー缶と食パンで夕食。とてもよく合う。

パソコンのハードディスク、ちゃんと認識するようになっていた。何だったのだろう。でも、データ保守について考え直すためには、良い経験になった。

今日は寒い。9時過ぎにコンビニへ行ったが、わずか50メートルの距離を歩くだけで体が震えた。