手で拵える食べ物

6時半に起きる。風呂の追い炊きスイッチを入れ、台所の洗い物を片付けてから、服を脱いで浴室へ。シャワーで身体を流し、湯船に足を入れたら、水だった。スイッチをちゃんと押していなかった。もう一度スイッチを押し、浴室を出て、キッチンでトーストを二枚焼き、冷蔵庫からポテトサラダを出してパンにはさみ、立ったまま食べた。全裸で。食べ終わってから浴室に戻ると、湯はそこそこ温かくなっていた。そのまま入り、汗が出るまで浸かる。

8時10分に家を出る。自転車にまたがった瞬間、ネクタイをしていないことに気がついた。家に戻りネクタイをして自転車に乗ると、今度は手袋の片方がなかった。再び家に戻り鍵をあけようとして、傘立てに引っ掛けてあるのを見つけた。昨日のスマホといい、物忘れの天然行動が続いている。

午前中、登録のロジック見直しと機能詳細作成。オーヘンリー企画の稽古場関連の連絡入る。明日と土曜日は朝から夜まで稽古らしい。

昼休み、歯医者へ。歯石クリーニングを終え、先生から次の治療について説明を受ける。上の歯で、神経を取っているものが二つあり、そのうち一つが炎症を起こしつつあるらしい。被せものを外し、膿を除去して、再び被せる治療をした方が良いとのこと。否やはない。お願いしますと頭を下げる。

頭を下げるといえば、薄い頭を下げるダーイシコントも来年3月で見納めだ。とんねるずのみなさんのおかげでしたが終わる。終わることが決まるまでは、ネガティブな記事ばかり出ていたのに、最近は惜しむ人の声ばかり。現金なものだ。でもそんな記事を望んでいるのが大衆。コメントしない人の方が、より冷静で正しいと思ったほうがいい。テレビでコメント、ネットで引用、SNSで拡散。考えない人を養成するループじゃないか。

夕方、実家へ。うどんが食べたいとメールしていたので、素うどんに何か載せたものが出てくるかと思っていたら、母は鍋物をがっつり作っていた。土鍋でうどんごと煮込み、具とうどんと汁を丼にあけたのを、土鍋の隣に置いていた。具は、肉団子とタラと牡蠣がこれでもかと入っていて、火が通りすぎているものだから、ぐちゃぐちゃになっていた。
「普通のうどんが食べたかったんだよ。鍋なら鍋でいいけど、それならうどんは最後だね」
とりあえず丼の汁を土鍋にもどし、具を先に食べ、土鍋の具もつまむ。具材が減ってきたところで、土鍋をレンジに持って行き、水を2カップ半足して火にかけ、醤油を少しずつ足しながら味見をし、いい感じになったところでうどんを足し、すぐ火を止めてテーブルに持って行った。結果的に、締めのうどんふうになった。母にも食べてもらった。「おいしい」と喜んでいた。

風呂に入ってから、先週DVDに焼くのを失敗した元の動画ファイルのDVDをPCにとり込もうとするが、ドライブが回転するばかりで読み込まなかった。家では読み込んだのに。いつになったら再生用のものを作成できるのだろう。

岡本かの子「鮨」を青空文庫で読み返す。人が作った食べ物が不潔に感じられ、食べても吐いてしまい、やせ細っている子供。その子に、母は、手をしっかり洗い、綺麗なまな板を用意し、鮨を握り、食べさせていく。はじめは玉子。次に烏賊。次にいよいよ魚。慣れてきた子供は「もっともっと!」とねだる。してやったりの母。その顔を子供は、美しいと思う。
鮨という食べ物は、食べ物をこしらえる所作があるから、心に響くのだ。そういう食べ物は、他に思い浮かばない。おにぎりは、握っているところを見せる食べ物ではないし。でも、握ってるところを見せてくれるお店で、飲みの締めで食べたお握りは、息をのむほど美味かった。
だからもし、かわいい女の子が目の前ででお握りを握ってくれる店ができたとしたら、そのお握りは、女の子がかわいくなくても、いや、女の子でなくて元女の子でも、なんならおっさんでも、結構、いやかなり、うまいはずだ。
自分で握っても、うまい。
そして、サランラップを使って握ると、味が格段に落ちることは、案外知られていない。一つ300円の美味しさが、50円レベルくらいになる。不思議だ。

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