蕎麦アレルギーが治癒したのかも

6時半起き。風呂に入り、7時40分過ぎに家を出る。外は暖かかった。
午前中、仕事でトラブル対応。久しぶりだったのであせる。更新クエリがらみの動作ミスだった。

昼、ミニストップへ。どん兵衛のミニ天ぷらそばを食べる。その量を食べて、胸焼けが起きず、蕁麻疹も出なかったら、オレの蕎麦アレルギーはほとんど治癒していると言えるんじゃないかと思う。
ふたを開けると、蕎麦の量が想像したより多かった。ドキドキしながらお湯を入れる。先に、昼飯としてサラダチキンとキャベツを食べる。食べ終わってから、どん兵衛のふたをあける。昨日の昼は乾そばを55本食べた。恐らく、その2倍強はあった。
食べてみる。そばの香りはしない。口の中も痒くならない。咽喉も同様。飲み込んで、胃に違和感があるか確かめる。一口くらいで何かが起きるはずはない。昨日までにクリアした量で大丈夫だったのだから。
結果、なんともなかった。どこも痒くならず、胸焼けや胃もたれも起きなかった。頭の中で「ロッキー」のテーマが流れた。

蕎麦アレルギーが発覚したのは中学一年生の時の大晦日だった。年越しそばが食べたいと、なぜか強く思い、朝飯昼飯を抜いた。お腹が空いた状態で、夜、暖かいそばを食べた。半分食べた時点で食が進まなくなった。そして、呼吸をする時、喘鳴が聞こえた。喘息の発作と同じ症状だった。小学五年生の時に喘息を患ったのだが、中学に上がった途端、発作がまったく起きなくなった。年末のそれは、忘れかけていた感覚だった。
小学六年生の時に、喘息発作を起こすアレルギーの原因物質を調べる検査を受けた。九段下にある病院に通い、皮膚検査をしてもらった。ところが、ふた月もかけたのに、原因不明という結果に終わった。その時、対象となる原因物質の中にそばがあったのかどうかわからない。あったとしても、その頃はそばを普通に食べていた。ざるそばが好物だった。
小学六年生になった頃から、そばぼうろ、という菓子を食べると、喉が痒くなるようになった。それが喘息発作に移行することはなかった。中学に上がり、7月だったと思うが、母親と妹が用事ででかけ、日曜の夜に父と夕食を食べに近所のそば屋にでかけたことがあった。なめこおろしそばを食べた。途中で食欲がなくなり、半分ほど残した。それから半年後の大晦日に、そばを食べて喘鳴がするというわかりやすい反応を経て、自分が蕎麦アレルギーになったことを知ったのだった。
その後数年間は、そば殻の枕で寝たら、翌日目がまっ赤になった。そばを茹でた湯でうどんを茹で、それを食べると、口の中が痒くなった。高校二年の終わりに修学旅行先で、そばを卵で巻いた卵焼きみたいなものが昼の食事に出た。知らずにひとつ食べたら、唇が腫れ上がった。
蕎麦は、卵や小麦粉と違って、気をつければ摂取しないようにするのは難しくない。なので、二十歳を過ぎてからは蕎麦とは無縁の人生を生きてきた。立ち食いぞばに入っても、うどんを頼んだ。実家の年末は、そばの代わりにラーメンかうどんを食べた。
二十代の後半になると、以前より反応が過敏ではなくなった。そば殻の枕で寝ても、目は赤くならなかったし、そばを茹でたお湯でうどんを茹でて食べても、口の中が痒くなることはなくなっていた。ひょっとすると、治癒したのではないかと思い、小さいお椀のそばを食べてみた。すると、数十分後にひどい胸焼けと胃もたれが発症し、お腹にじんましんがでた。まだ治ってないのだと思った。今日食べた蕎麦は、その時と同じくらいの量がある。だから、何ともないということが驚きだったし、嬉しくもあった。

夕方、オーケーストアで海老の天ぷらとそばつゆを買った。家に帰り、乾そばを100本と、うどんを茹で、天ぷらを乗せて食べた。乾そば100本は、たぶん昼に食べたのと同じくらいの量だろう。昼と同じく、食べても何ともなかった。

近いうちに、一人前を普通に食べることが出来るかもしれない。信じられない。来世まで食べられないと思っていた。頭の中で「炎のランナー」のテーマが流れた。

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