他者の視線

6時半起き。
朝飯にご飯、鯖のみりん干し、納豆。

父、食後すぐ寝ようとするが、布団が整えられていないのが不満らしく、母に文句を言っていたが、「自分でやりなよ」と言うと気落ちしていた。
母、父の認知症が進んだと言ってくる。それについては、昨年11月にケモブレインのことを話し、投薬による認知力低下であると再度説明したが、母はそのことを忘れていた。
父がその場にいなくなると、母はいつも内緒話をしてくる。おれに色々話を聞いて欲しいということなのだが、愚痴を言い、意見を聞き、すっきりしたい、ということなのだと思う。母はこの一年でかなりストレスを溜めているし、それはわかっているので、昨年カウンセリングを予約したりなどしてみたが、母にはピンとこないようだった。話してすっきりするという類のストレスではないのだ。

原因は母にもある。とにかく「看護的」なことをしていたいため、父に対してあれこれ世話をしたり、あれはダメこれはダメと言い、薬を飲ませている。父は気の弱味もあり、日常のなんでもないことでも、母に依存するようになってくる。

結果、父がこれまでの人生で抑圧してきた、おふくろさんに対する甘えみたいなものが出てきた。しかし、母は「お母さん」を演じられるタイプではない。父が真夜中に突然電気をつけ、起こされると、母はものすごくイライラし、時には怒鳴りつけるのだという。

父が夜中に起きるのは、病気のため不安になっており、これからのことを考えると眠れないからだろう。そして、甘えとは少し違うとしても、日頃色々やってもらっている母に、何か話そうとして電気をつける。それは、母親を頼る子供の気持ちに似ている。しかし、母は不眠のためデパスを常用しており、そうやって起こされると眠れなくなってしまうため、イライラを亢進させる。

頼りたい時に拒絶されるシステムができあがっている。

布団を整えたり、時間通りに薬を飲んだりなどは、父が管理できることだ。
そして、夜中に不安で話がしたい時、話し相手になるのは、母にしかできないことだ。
母が聞いてあげられるのが、理想的な形だと思う。
だが、それができない。
夜中に起こされることは、母にとって、もっともされたくないことになっている。

起こされた母がイライラするのは、デパスを飲んでいるためだ。せっかくウトウトしかけたのに起こされると、薬の効き目が無駄になったと感じてしまうのだ。ならば、デパスを飲まなければいいのだが、精神的依存があるため、薬を絶つことは難しい。

以前、眠れないなら朝まで起きていればいいし、眠くなったら昼間にいくらでも寝ていればいいと言ったことがあるが、夜に寝て朝に起きるというスタイルを変えるのは、心理的にできないようだ。

こうなってくると、どちらの味方につくという話ではない。父に「母さんを夜中に起こしたらダメ」と言うのも、母に「父さんも不安なんだから、起きて話をきいたげなよ」と言うのも、間違っていることになる。

でも、そこを歩み寄るのが「夫婦」じゃねーのか?
と、母の話を聞きながらむかっ腹が立ってきた。
認知症、ケモブレイン、投薬、病院探し、そういうのを調べて行動することは俺にもできるが、夫婦のコミュニケーションについての問題は手に余る。

8時過ぎに家を出る。
電車の中で、一番いい方法はなんだろうと考え、思いついたのは、週に二三回くらい、介護関係の人が我が家を訪れるようにすることだろうと思った。これは、介護が目的でも、カウンセリングが目的でもない。他人の目を感じることが目的だ。

両親は二人とも「演技者」である。実際に演劇をやっていたのは母だけだが、父も十分に役者の資質があり、他者の前で演技者となることが多い。母は言うに及ばずである。
他者を前にして「演じる」ということは、見栄から来るものかもしれないが、同時に、社会とつながろうとする力の表れでもある。外見に気を使い、意識をはっきりさせ、人の話を集中して聞き、意見を言う。おそらく、毎月通っている投薬入院において、父はだらしのない姿を一度も見せたことはないと思う。
そういう「力」を出させるには、おれではダメで、他人の視線が必要なのだ。

しかし、どうやってそんなことを実現すればいいのだろうか。いわゆる「介護」とも違うし、カウンセリングとも違う。毎月いくらかお金を払って、「週に二回か三回、うちのじいさまとばあさまを見学に来てくれ」というようなものだ。その人にも、じいさまばあさまにも失礼な話だが、結局それが一番だろうと思う。

気が塞いでいたが、ラジコで昨日の「たまむすび」を聞いたら、気分が上向いた。日曜に放送した「こども電話相談室」の反省会と銘打って、赤江先生、伊集院先生が放送を振り返ってトークをしていた。
日曜の放送では、赤江さんが子供に「金太郎飴のようなものだから」とたとえ話をし、子供が濃厚な「?」の沈黙を生んでいたのが大変面白かった。
今回の電話相談室は一回だけの限定企画だったようだが、定期的にやって欲しいと思った。自分ならどう答えるだろうと思いながら聞いている大人のためになる。

午前中、昨日作った検索の仕組みに、検索語句のハイライト機能をつけた。しかし、文字列にhtmlタグを追加するところが一部うまくいかず、午後に持ち越す。

ツール作業に戻る。更新のロジックを考え直す必要が出てきた。

昼、『大勝軒』で中華そばと生卵。

『奇跡の経済教室』読む。
よかれと思ってやってきた政府の経済政策が、デフレを促進してきたことの解説。信用通貨論が基礎になっている。

先月からやってきた過去ブログの整理が2012年に到達した。整理をしながら日記を読み返すということをしているので、忘れてしまいたいことやどうしようもない寂しさに包まれ飲んで飲んで飲まれて飲みたくなることもあるが、その頃までは概ね平和だ。
しかし2011年から2012年にかけては、芝居のやり過ぎだったと思う。当時は、思うところあって、「今年は延々とやろう」と決意していたのだけれど、今読むと、大変さに息が詰まった。あれじゃ、やり過ぎだ。神経がおかしくなる。

夕方、予約した本を受け取りに南台図書館に夜が、休肝日らしく、今日は酒を飲まない日だと図書館に言われた。

方南通りを進む。ホームズへ。トマト苗が売られ始めていたので、一番早くつぼみがつきそうなのを勘で選んで一株買った。

方南町のサミットへ。食パンが売り切れていた。他にも空になっている棚があった。
ロメインレタス、ポテトフライ、サーモンフライ、フライドチキン、チーズバーガーを買った。

7時帰宅。
夕食に、買ってきた揚げ物系を食べた。

「ラブリーボーン」の続きを見る。
スージーが犯人のこしらえた地下室に入ってからちょっとで、再生をやめた。見ていられなかった。

1時過ぎ就寝。