加山雄三のことばかり考えた

7時前起き。朝飯に豚汁もどきと炊き込みご飯。

自転車で現場に向かう。寒かった。

午前中、既存ツールの調べ物をする。そのツールを使ってやる作業は月に一回で、今日がその日らしかった。作業をするPCが決められているので、そのPCを使わせてもらえるよう頼む。

昼、イオンのデリカでお惣菜。チキンと酢の物。

『富士日記』読む。
富士山近くの精神病院が舞台。時代設定は戦争中。主人公大島は精神医学の研究実習生。
大島は憲兵の火田と会話する。お国の役にたつ人間についてと、患者について。
患者の一人、一条は、かつて大島とともに精神医学を学んだ学生。自分は『宮様』であると主張する美青年。火田は一条の言動に怒りを募らせる。

午後、作業用PCを借りる。改修したツールで同じデータが吐き出されるかチェックする。うまくいった。
しかし、すべての作業が月に一回というわけではなく、別の作業を来週末くらいにまたやるということもわかった。

夕方、帰りにオーケーに寄って、お惣菜とワインを買う。

疲れがたまっているのを自覚する。

夜はスマホを見てネットを見て、加山雄三の動画を見た。
先週、加山雄三の曲をネットで検索し、何曲か続けて聞いて、今さらながら良い曲だなあと思った。
どの曲もサビになると、空間が広がるような心地にさせられる。

ミュージシャン加山雄三をリスペクトする世代は昭和30年代生まれの人々だと思う。小学生時代に若大将映画を通じてエレキサウンドに触れ、曲がすべて自作と知り、シンガーソングライターという概念を学んだ世代。
団塊の人々は若大将映画の頃すでに高校生か大学生だろうから、おそらくハマらなかっただろう。

おれが小学生だった頃、加山さんは若大将ブーム後の不遇期を乗り越え、四十歳を超えたベテラン俳優として活躍していらした。が、ミュージシャンというより歌手、歌手というより俳優という肩書きのタレントさんという感じだった。『君といつまでも』などは知っていたけど、真面目に「いいなあ」と思って聞くのではなく、パロディの材料として聞いていた。
例の「仮面ライダー!」発言もリアルタイムで見ていた。ああ、おじさんだからそういうのよく知らないんだなあと、当時は思ったものだった。

だから、というわけじゃないが、加山雄三ファンを公言するミュージシャンの意見を、否定することはなかったけど、頷くこともないまま大人になり、現在まで生きてきた。無意識にスルーしていたといっていい。それはたぶん、おれが十代から二十代を過ごした頃、テレビなどで加山さんのミュージシャンっぷりを見る機会がほとんどなかったからだと思う。

しかしYoutubeで検索してみると、ギターやピアノやウクレレを自在に演奏して歌う加山雄三の映像が色々見つかる。それを見て思ったのは、90年代にもし加山さんが『アンプラグド』的なライブをして、それを見ていたら、単純なおれはあっという間に加山さんのファンになっていたかもしれないということだった。
加山さんがミュージシャンとしての活動をしていなかったわけではないのだが、90年代まではおれの貧相なアンテナには引っかからなかったのだ。というより、加山さんには、自身のミュージシャンっぽさを売りにして若者受けしようという意図がからっきしなかったのではないかと思う。

要するに、天然、なんだろう。それは育ちの良さの表れでもあるし、好奇心の源泉でもある。海、船、スキー、音楽、料理、ゲーム、絵画、熱中の仕方に分け隔てがなく、飽きるということがない。そのような資質を『若大将』という一語だけで片付けてしまうのはもったいないような気がするが、加山さんはまったく気にしていないんだろう。

2010年の紅白で加山さんが歌っているのを見て、いいなあと思った。七十歳を過ぎているのに声がよく出ていて、音は明るく伸び伸びしていた。
しかし2001年の紅白は、たたずまいがおぼつかなく見えたと、この駄ブログに書いている。
2000年代の十年間に、何かあったのかな。ひょっとしてそれは、音楽だったのかな。その十年は加山さんが、音楽と再会をした時代だったのかな。

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