戯曲を読む会で本読みをしてきた

朝、麻婆豆腐とキャベツサラダ。

昼、ホットドッグと、中華三昧の担々麺食べる。

夕方、5時半に家を出る。『戯曲を読む会』に参加するために九品仏へ。

駅で降りた時、以前ここで下りたことがあるという既視感に囚われた。

2011年の暮れ、太一の一人芝居稽古の時ではないかと思い、その場で日記を調べてみたが、二つ隣の等々力駅だった。同じ路線なので駅前の感じが似ているのだ。

6時45分、会場到着。この会にはリモート開催に過去2回参加したことがあった。今回は初めて対面に参加した。出席者は知り合い同士が多いようだった。『本読み会』の常連さんであるSさんもいた。

今回のテキストは三本のオリジナル作品だった。出席者のうち三人が提出者で、うち二人が作者だった。この会が『本読み会』と違うのは、より演劇志向であるところだと思った。

提出された作品のうち、三人芝居がとてもよくできていた。葛藤部分が知的なコントのようで、一生懸命になればなるほど、意図と違った方向に事態が進んでいく展開が面白かった。

9時半に終了。

帰りにマックでナゲットを買っていこうと考え、スマホで予約をしようと思ったが、その時間になると近所の店舗は予約受付時間が終了のようで、予約ができなかった。

駅に着いたのは10時過ぎだった。結構遅いと感じたが、稽古をしている時はむしろその時間に帰れるのは早いのだということを思い出した。

芝居の稽古帰りに飲むと、12時くらいになるのが普通だった。

しかし、2000年代半ばくらいまでは、稽古初日と最終日以外の稽古帰りに飲むことはあまりなかった。

飲む頻度が上がったのは2009年頃からだ。出演者の数がその頃から15人前後になり、稽古後に飲みたいタイプの人が毎公演必ずいるようになったためだ。

スタッフさんとの打ち合わせを飲みの席でするのも、その頃から定番になった。粘りに粘って夜の2時までかかることもザラだった。

稽古期間中、飲みに行く回数が最も多かったのは、2013年の『暮れなずめ街』だった

2013年は精神的に参っていた。ほぼ一年ずっと、精神的な胸焼けが続いていた。孤独感に起因するものであったが、そうなることは分かっていて自分で選んだ結果でもあった。

飲みに参加することで胸焼けが緩和されるかもしれないと、本能的に期待していたのだと思うが、当然そのようなことにはならなかった。

その頃の稽古後飲みは、自分にとって、フルマラソン30キロ地点過ぎの給水ポイントだった。そこで何か飲めば少しは楽になるんじゃないかと思い、わざわざ立ち止まって給水するのだが、辛いものは辛い。その辛さから解放されるにはゴールするしかない。分かってはいたが、ゴールするには走らねばならない。

走っている最中であった2013年は、つまり、延々しんどかったわけだ。

しかし考えてみれば、芝居をやってしんどくない年などなかった。人間関係のストレス、他人への羨望と嫉妬、突然わき起こる怒り、期待した結果が得られない虚しさ、そして毎公演の持ち出し金。

毎回持ち出し金が発生するのはビジネスとしておかしいわけだが、自分で制作をやって続けたため、そうなるのは必然だった。持ち出しの報酬は『続けられていることの自己満足』なので、文句は言えない。

言えないが、おそらくその全体的な虚しさ構造ゆえに、時々憂鬱になった。FMWの荒井社長ほどではなかったろうが。

戯曲を声に出して読み、帰宅時間が10時を過ぎるという経験を久々にしたため、そのようなことを色々思い出しつつ、家路についた。途中、ドラッグストアで買い物する。ここも、昔は夜の10時までの営業だったが、今は11時なので、稽古後に買い物ができる。

夕食に、ホットドッグを食べた。

2時過ぎ就寝。