『セイムタイム・ネクストイヤー』読む

7時過ぎ起き。ゴミ捨てに行き、お粥と、蕪のよごしを朝飯に食べる。

午前中、根が生えるまで水につけていた脇芽を、ペットボトルを半分切った容器に移し、土を入れた。実家に持っていく用。

メロンの葉に白い粉が吹いてきた。うどんこ病と思われるので、根元に近いいくつかの葉はカットして捨てた。しかし、根絶できたわけではなく、他の葉にも広がりそうだったので、一昨年、ハダニ用に買ったお酢スプレーを拭きかけた。

昼、トーストとベーコンエッグ。

午後、図書館に予約した本が届いていたが、読んでいない本がまだあるので、実際に借りるのはもう少し先にすることにした。

夕方、サミットで、ビール、ワイン、かりんとう、水を買う。かりんとうなど、自分で買ったのは、人生で10回に満たないはずだ。

夜、戯曲を読む集いのリモートイベントに参加した。

今回のテキストは、バーナード・スレイド『セイムタイム・ネクストイヤー』だった。90年代に加藤謙一事務所の上演レパートリーになっていた。高畑淳子さんが出ていた。

全員で交代しながら順番に読むのではなく、Zoomの別部屋を用意し、二人組チームに分かれてそれぞれ読んでいくスタイルだった。そのため、すべての場面を声に出して読むことができた。

毎年同じホテルで、同じ日に一日だけ不倫するカップルの場面が、数年刻みに展開し、トータル20年近くの不倫大河物語となっている。時代によって互いの立場、ファッションや思想、言動が変わっていく一方で、時間が経てば経つほど相手の家族のこともよく知っていき、他人事とは思えないような状況になる。

不倫関係が互いの妻や夫との関係を、むしろ、よい方向に誘うような構造になっているところが面白い。不倫といっても、会っている時間のすべてを肉体関係に費やしているわけではなく、むしろ、ほとんどの時間はおしゃべりに費やしている。そしてこのカップルは、そのおしゃべりが、互いのことをわかり合うための時間となっている。

これが夫婦だと、仕事、家事、家計、育児など、夫婦がわかり合うためだけに費やせる時間は、むしろ少なくなる。不倫ゆえにわかり合えてしまったという逆説も面白い。

読み手の二人組は場面ごとに入れ替わったが、途中で、旧知の大塚さんと組んだのが楽しかった。男同士なので、じゃんけんをしてどちらを読むのか決めた。勝った大塚さんはドリスを選んだので、オレがジョージを呼んだ。大塚さんの発話はとてもしっかりしていた。

最後まで読み終え、いったん解散した後、主宰の平尾さん、大塚さんと三人で、しみじみと話しながら飲んだ。大塚さんは、自分のことだけを話すのではなく、いいタイミングで平尾さんに話をふったりするなど、会話のバランスがとてもよかった。聞きながら、自分に一番足りないものを持っている人なんだよなあと、あらためて思ったりした。

30分ほどそのように飲んで話して、解散となった。

『セイムタイム・ネクストイヤー』は、実際にやってみたい本だった。30代の自分では、たぶん、できなかった。それは演技力ではなく、「わかっちゃいるけどやめられない」がどういうことなのかを、本当にわかっているか、という問題だと思う。