朝から雨が降っていた。しかし、寒くはなく、蒸し暑かった。
昼1時、家を出る。2時に神田の歯医者へ。しかし、診察券を出すと、12時の予約だったはずですと、受付さんに言われた。
診察券を見ると、確かに12時からと書いてあった。しかし、Googleカレンダーの予定には2時と入力してあった。毎回、次回の治療時間を決めたらその場で入力している。たぶん、12時と言われたのを聞き間違えてしまったのだろう。
予約をしなおし、6月7日に再来院することになった。
御徒町へ移動し、『えぞ菊』で味噌ラーメンを食べ、『スポーツジュエン』で、25日に走るマラソン用のシューズを買った。
春日通りを少し歩き、ドトールでコーヒーを飲み、夕方まで山本周五郎『日々平安』を読んだ。
5時半に店を出た。雨はやんでいた。
5時55分に新御徒町駅でシミズくんと待ち合わせ、6時に『ピザ屋想兵衛』へ。一昨年いったん閉店して以来、2年ぶりに訪れた。
店は、間口が2倍ほど広くなっていた。テーブル席とカウンター席はそこまで増えてはおらず、ゆとりをもって座れるようになっていた。
以前は、ピザごとにサイズをSMLから選べるようになっていたが、新しいメニューは単一サイズだった。以前のMサイズかなあと思いつつ、ビールを頼み、本日のピザを注文した。
シミズくんと会うのは昨年の1月以来だった。2月に、クラスメートとの飲みに誘われていたのだが、その日は東京マラソン二週間前の休日だったため、走らなくてはならなかったし、走ったあとで飲み会に行くと遅くなりそうだったので、遠慮したのだった。
その時の飲み話や、友人、娘さん、ご両親の近況などを聞いた。仕事では、さいきん大阪出張が多いとのこと。
彼は、何十年も前から毎日走っている。で、同年代として、気になっていることを聞いてみた。
「あのさ、最近おれ、走っても心拍数が上がらないんだけど、これって、年のせいかな」
シミズくんは斜め上から答えてきた。
「おれも心拍数低いんだよ。平常時40台」
「40!?」
「そんだけ低いと、失神しますよって言われた」
それたけ低くなったのは、何十年も欠かさず毎日走っているからだろうか。
ピザがきた。以前は、ピザカッターを使って自分でカットする方式だったが、カットされた状態で供されてきた。美味しかった。飲み物のおかわりをし、本日のドリアを頼んだ。
クワガタ飼育の話を聞いた。猛暑のせいか、ここ数年で子孫を産まず、全滅してしまったという。ただ、飼っている場合は血が濃くなってしまうため、いずれは途絶えてしまうらしい。
「そういう場合はよそから捕まえてくるの?」
「そう」
「どこで?」
「どこでも。多摩川とか。そのへんの公園にもおるで」
彼に言わせると、一般人は知らないだけらしい。そういえば、一昨年の夏、コナラの樹液をカブトムシの雌とスズメバチが奪い合っているのを近所の公園で見た。
シミズくんは朝ドラウォッチャーでもある。ここ十年の朝ドラについて聞いてみると、2019年の『なつぞら』あたりから、今までとは違うなあと思うようになったという。それでも、昨年の『虎に翼』は面白かったので見ていたという。
飲み物をおかわりし、食べ物を追加注文した。8時頃には満席となっていた。
9時半をすぎ、お店が閉まる前に、クロダさんがテーブルまで挨拶に来てくれたので、気になっていたことを色々質問した。
まずは、ピザ窯について。店を新しくした際、薪で焼くピザ窯にしたことをSNSで知ったのだが、素人の自分にはとてつもなくこだわっているように感じられた。ところがクロダさんに言わせると、以前の店舗は電気だったため、劣等感があったのだという。
「いくらお客さんに美味しいと言われても、同業者からすると、ピザ窯は電気でしょ、と、低く見られるところがあってね」
改装するなら、ピザ窯を薪にすることは、最優先事項だったらしい。
そして、新品のピザ窯は、新品ならではの難しさがあるのだという。成形する際、セメントは水分を含んでいるのだが、その水分がしばらくは表面に出てきて、滴となって垂れるのだそうだ。そのため、いきなり火力を強くしてしまうと、セメント内に含まれた水分が蒸発し、下手をするとひび割れたりすることがあるのだという。だから、使う前にまずロウソクを灯してから、徐々に温めるなど、慎重な扱いが必要になるらしい。
「そういうふうに、三ヶ月丁寧に使っていけば、いい感じの窯になるそうだよ」
とクロダさんは言った。
メニューに、以前あったアレがなかったり、新しくコレがあったり、その他、色々変わったところがあるが、窯の使い心地を試しつつ調整していき、できることから徐々にやっている、という印象を受けた。改装後、まだ三ヶ月経っていないのだ。これから、まだ色々変わっていくのだと思う。
「変わったといえば、パスタ、始めたんですね」
「うん。以前は、厨房が狭すぎて、その中でできることをギリギリやっていたんだけど、今は広くなって、そういうのもできるようになった」
また、一昨年の5月から1年10ヶ月も店を閉めていた間に、近所の再開発がけっこう進み、新しいホテルができたりなど、お客さんも前とはずいぶん違ってきたらしい。
シミズくんにとっては、学部とサークルは違えど、学校の先輩ではあるので、昔の国分寺駅の話や、大学の東門が昔は車が通れた話など、共通の話題で盛り上がれた。東門の話はクロダさんの鉄板ネタである。シミズくんはそれを初めて聞き、驚いていた。
会計をして店を出るとき、お土産にスパークリングワインを、シミズくんと二人分もらった。
新御徒町駅でシミズくんと別れる。別れ際、東京の東側で飲むのもいいなあとシミズくんが言ったので、菊川にある『騏乃嵐』で今度飲もうよと言った。
実家へ。10時過ぎ帰宅。蒸し暑く、汗ばんでいたので、軽くシャワーを浴びた。
追い飲みはせず、氷を入れたコーラを飲み、明日走るコースを検討した。『想兵衛』の東側は清洲橋通りであることに気がついた。うちから葛西橋を渡ってちょっと北にいけば清洲橋通りのスタート地点だ。そこから走れば10キロくらいになる。そのまま浅草へ行き、三社祭の神輿を見つつ戻れば、25キロくらいのコースになりそうだ。
マラソン本番まであと8日。4月の走行距離は200キロを超え、5月も今の時点で100キロを優に超えている。マラソンの本番前にこれだけ走ったことは過去一度もない。
にも関わらず、たぶんいい記録は出せないだろう。理由は、体重が落ちないせいだ。肉や脂肪のせいではないと思う。体が蓄える水分によるむくみのせいだ。
たぶん、体がたっぷりの水分を含むことを許すような運動の仕方をずっとしてきたことが、原因の一つかもしれない。一昨年、シミズくんやe川くんと飲んだ時、高校時代サッカー部だったe川くんは言っていた。
「水を飲むなって言うのは、けっこう、わかる気がするんだ。飲むと、体ががくっと重くなる感覚ってあるもん」
水分補給は大事だけれど、無尽蔵にがぶ飲みするのがいいわけではないだろう。自分のだらしない肉体を顧みて、そう思う。兵隊には向かない体だ。2021年の7月、三島までバカ走りした時も、途中途中で信じられないほど沢山の水分を補給した。猛暑の日々であったから走ったのは真夜中だったが、それでも蒸し暑かったし、すさまじい量の汗を流した。
しかし、水分を補給してからしばらくの間、汗はとめどなく流れ落ちるが、ある程度経つと量は落ち着いてくる。そこで大量の補給をするから、また汗が出るのであって、必要最低限の補給に留めていれば、汗はそれほど出なかったのではないか。そうやって慣らしていけば、無尽蔵に汗が出続ける体も、少しは変わるのではないか。
1時過ぎ就寝。