本番で感じる不安

 8時前に久保田君から電話があった。
 その時丁度武蔵小金井の商店街を歩いていた。
 「もしもし?」
 「あ、ドカさんですか。今、人身事故で電車が止まってます」
 東小金井で7時40分頃に起きたらしい。

 久保田君と南口で会い、一緒に松屋でビビン丼を食う。
 それから駅前のビル入り口階段に座り、なんとなく呆然として電車が動くのを待った。

 電車は30分後に動き出した。
 すさまじい混みようだった。
 浅漬けになる寸前のところを中野で降り、東西線に乗り換えた。

 劇場には10時過ぎに到着。
 昨日の場当たりの続きをし、2時過ぎからゲネプロ。
 写真撮影の浅香が到着。
 旧交を温めるヒマもなく衣装に着替える。

 仕込みがバタバタした割に、ゲネでの大きなミスはそれほどなかった。
 始まる前に、
 「ミスが見つかったらむしろありがたいと思ってやろう」
 と檄を飛ばしたのだが、拍子抜けしてしまった。
 こういうパターンは実はあまり好きではない。
 自分に、<ほっとする>隙を与えてしまいがちだからだ。

 ゲネ終了後、浅香から差し入れにヴァームをもらう。
 しかも、缶ヴァーム。
 日記を読んでくれていたのだろう。大変ありがたいことだ。

 ゲネ後、客席作りなどバタバタし、あっという間に本番を迎えた。
 自分の役で緊張すると言うよりは、今回の話がどのように受け入れられるのかが不安で仕方なかった。
 舞台の構造上、客席に目線をふることは少ないのだが、その方がかえって客席全体が視野に入ることになり、演出の自分や台本を書いた自分や役者の自分が舞台上でせめぎ合っていた。

 失敗はなかったが、目立つ反応があったわけではなく、いつもの公演よりそのことに不安をかき立てられた。
 目立つ反応といっても例えば<笑い>が欲しいというわけではない。
 舞台に立った時にお客さんがじっと見ている感じが欲しいし、それを感じられれば一番嬉しい。
 皮肉なことに演出だけをやっていると、お客さんがじっと見ている感じを確かめることは難しい。
 逆に今回のように役者として沢山出ていると、直接見なくても肌で感じることができる。
 当たり前のことだが、出ている最中に芝居は変えられないので、本番を迎えた今、やることはただ集中することのみであった。
 となると、本番の責任はすべて自分にかかってくる。

 初日の出来は正直なところよくわからない。
 無我夢中だったが、お客様がどう受け取ったのかはアンケートを読むしかない。
 特定の役者に非があるようなつくりにしていないのはせめてもの慰めだ。

 終演後、頭脳と体力の両方を消耗し、そのまま初日の飲みへ行く。
 白木屋にて飲む。
 今回もスタッフさんには多大な労力を強いてしまったが、無事本番を迎えられたのはいいことだった。
 楽日まであと6ステージ。
 送りバントをはずさないような努力をしていきたいと思う。

 12時に飲みは解散。
 マミちゃんと途中まで一緒に帰る。
 途中、飯田橋駅で、お互いアナウンスに気付かずあわてて降りたのだが、マミちゃんは南北線のドアーに体ごと挟まれてしまった。
 「開けてえー」
 と苦しげにうめく彼女。
 しかしドアはなかなか開かなかった。