眠れずひと晩ブツブツと

5時起き。昨夜はなかなか寝つけなかった。
あまりにも眠れないので、横になったまま壁に向かって熟年カップルが誕生する瞬間の芝居を声に出しながら考えていると、ますます眠れなくなった。

「相手がおれを愛しており、おれが相手を愛しているから、一緒になる。自然の摂理だろう」
「異議なしよ。私も、私が愛するように、相手に愛されたいわ」
「どちらも欠けてはいけない」
「その通り。片方だけだと不幸になるだけ」
「今までおれ達の、仕事としてのパートナーシップがうまくいってたのは、君がおれのことを愛していなかったからだ」
「もちろんそうよ」
「だからおれも、君のことは愛さなかった」
「大事なのは自分。そうよね?」
「はっきり言っておこう」
「なあに?」
「おれはむしろ、君が嫌いだ」
「なんですって?」
「すっごく、な」
「ふ、ふふ、ふふふふ」
「君は何を笑う?」
「こっちのセリフだわ。私こそ、言ったことはなかったけど、あなたのこと、嫌いよ」
「この、おれを?」
「すっごく、ね」
「そうと知っていれば、もっと早く言っておくんだったぜ」
「でも私、あなたが私を愛してるなんて、毘沙門天が平和主義者に転向するくらい、あり得ないことだと思っていたけど」
「毘沙門天…いくさの神か…以前、やつの彫像を見たことがある」
「どこで?」
「神楽坂」
「善国寺ね」
「見たとたん思った。こいつは強い、と。前腕、上腕、肩の筋肉がすごい」
「たとえば、あなたが彼に関節を極めたとしたら?」
「ナチュラルパワーで弾き飛ばされるかもしれない。もし、マウントなどとられれば、速効でタップしなければ命に関わる」
「でもレフリーがいれば」
「レフリーストップが入る前の一打撃が致命傷となり得る。やつにはそれだけの膂力がある」
「こわいわ…そんな人」
「戦うためだけに生まれてきた男だ…平和主義者に転向するなどあり得んだろう」
「つまりそのくらい、あなたが私を愛するなんて、あり得ないと思ったの」
「まったく正しい。おれは、君のことなんか、ただの一度も愛しいと思ったことはない」
「こと、なんか?」
「どうした?」
「なんか、は余計ね」
「気に障ったか」
「いいの。私があなたを嫌う理由がひとつ増えただけ」
「どんどん嫌え。君がおれを嫌ってくれると、おれは嬉しい」
「嬉しい?」
「嬉しいさ」
「それは、悦びなの?」
「かもしれん」
「私が、あなたを、嫌う。すると、あなたは、嬉しがる。でも私は、あなたが嫌いなんだから、嬉しがらせるのはイヤだわ」
「だろうな」
「ねえ、あなたを嬉しがらせずに、あなたを嫌うには、どうすればいいの?」
「…難しい。君に嫌われることはすなわち、おれの悦びであるのだから」
「じゃあ、たとえば、私があなたを、憎からず思ったりすると、それはあなたを不快にさせるの?」
「今、なんて言った?」
「憎からず思う」
「悪い冗談はよせ!」
「顔色が変わったわね。眉間に皺が寄っているわ。そう。やっぱり不愉快なのね。嬉しいわ」
「ふん」
「あら。顔色が元に戻ったわ。眉間の皺も減っている」
「君を喜ばせていると知って、不愉快に思うのがバカらしくなった」
「じゃあ、これならどう?」
「なんだ」
「好きよ」
男、苦しげな表情で膝から崩れ落ちる。
「効いたみたいね」

とまあ、こんな感じのやり取りを延々と一人で声に出して作っていた。二人は『カサブランカ』のハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマンみたいな格好をしてると楽しいな。

で、たぶん夜中の3時4時くらいまで起きていたと思う。

目覚ましが5時に鳴った時、寝た気はまったくしていなかった。
それでも6時まで書き作業。朝飯に、緩めに炊いたご飯、ネギ納豆2パック分、キャベツと豚肉炒め。
食べ終わると眠くなったので、7時過ぎまで二度寝した。

7時40分に家を出て、自転車で現場に向かう。グローブなしで走った。初めは手が冷たかったが、到着時には平気になっており、体も少し汗ばんでいた。

午前中、先週どこまで作業をしたかを思い出し、金曜日には特に何も進めていなかったことに気がついた。その日は翌日が休みだから気が抜けていた。
そして今日も翌日が休みの日だ。「抜いちゃえよ、気」と、こよみ方面から念が送られてくる。「させるか!」と抵抗する気概は、かき集めればなくはないが、誰がために何のために? である。

結局昼まで、ステータスが変化した時の書式をどうするか考えていた。グレーの濃さをどのくらいにしようか程度の作業である。

昼、イオンで買ったカップ麺とオニオンサラダ。

武田泰淳『快楽』読む。
若き僧の柳は隅田川を渡り城東地域の寺に向かう。僧侶用コートを着て車内にいることを意識する。僧侶であることの自意識。城東の寺にはいとこの秀雄がいる。秀雄のマミーは息子を当主としてあがめているが、我が子溺愛の反映みたいだ。柳は秀雄に連れられて檀家の法事へ。商家で金持ち。そこの夫人と娘は柳のことを気に入っていると、秀雄は柳に耳打ちする。法事後、中華レストランで一同舌鼓をうつ。柳がトイレに行くと、夫人と娘が介添えでついてきて、なぜかそこで柳はどさくさにチューされる。

午後、追加の商品販売についてクライアントから連絡。ツールの改修にどのくらいかかるかと問われる。「そんなにかかんないっすよ」と、アリーさんに返答する。アリーさん、具体的に何日何時間かかるかを返答すべく思い悩んでいた。

5時半に外へ出ると、空気が透き通り、西の空がオレンジから青へのきれいなグラデーションになっていた。

オーケーストアで買い物。ビールもどき、ポテトフライ、ロールケーキなど買う。

自転車を漕ぎながら、木曜『たまむすび』聞く。土屋礼央の過剰さに対して、赤江さんがいかにもテキトーな感じで何か言うのがおかしかった。

6時半帰宅。夕食に、グリーンアスパラとベーコンの炒めもの、ポテトフライ。

『椿三十郎』を久しぶりに見た。ちょっとだけ見るつもりで再生したら止まらなくなった。
日本映画が下り坂になりはじめる1962年に公開された作品だが、スタッフワークは日本映画史上最高の練度に達していた頃なのだろう。カメラの動きとか、人物の出入りの見せ方とか、美術とか、やっぱりすごい。まじで今、こんなの撮れないと思った。