紀伊半島を南へ

夜中の12時と3時にそれぞれ目が覚めた。3時の時は猫の声が聞こえた。泊まったゲストハウスは新聞配達業もやっており、明け方は作業の音がすると言っていた。

5時半に起きた。外が明るくなっていた。歯を磨き、荷物をまとめた。チェックアウトについては特に何も言わずに出て行って良いとのことだった。昨日説明を聞いた部屋を通り玄関に出た。猫はいなかった。一度も撫でずに出て行くのが心残りだった。一応、入り口の扉から脱走しないよう注意して外に出た。

昨日は真っ暗でほとんど何も見えなかったが、宿の外は漁港だった。人はいなかった。鄙びた感じは、昔行った大島の波浮港に似ていると思った。

車を出して、昨日の夜に立ち寄ったコンビニへ。朝飯に、納豆巻き、鶏そぼろ巻き、白湯うどんを食べた。

熊野尾鷲道路を南へ走り、鬼ヶ城へ。

事前の知識はまったくなしに海岸を歩いた。

観光客はほとんどいなかった。岩場に降りて釣りをしている人が数名いた。磯釣りのポイントでもあるようだった。

車に戻り、道を南へ走らせた。今日はとにかく、紀伊半島の海岸に沿って南下する日だ。

七里御浜の北の方で車を止め、海岸に降りた。日本一長い海岸線であるらしい。遠浅ではないようだった。足元は砂よりも砂利の方が大きい面積を占めていた。この海岸に石を運ぶ川は、紀伊山地との距離が近いため、石が転がって丸くなったり砂になったりするヒマがないのだろうと思った。砂になっているのは波で洗われて削られ、堆積したものだと思う。

道の駅 パーク七里御浜で、土産物を物色した。色々な種類のみかんジュースが売られていた。不知火という種のジュースを買って飲んでみた。大変うまかった。

新宮市に入る。

神倉神社へ。500段以上ある石段を登る。覚悟を決めて登ったのだが、傾斜が急なのは全体の下半分で、上の方はむしろ緩い段だった。しかし、登ってから下を見ると、御燈祭の日にこの段を駆け下りることが信じられなくなった。祭りの日のテンションがそれを可能にさせるのだろうか。スペインの牛追い祭りを思い出した。
てっぺんでお参りをした。小林くんのことが頭に浮かんだ。誰もいなかったので、浮かんだ言葉をそのまま神様に話しかけた。
下りは案外楽だったが、ここを走り降りることを考えると背筋がぞわっとした。
11時ちょうどに『まさ家』という店に行き、カレーうどんを食べた。うどんにライスが一緒に盛られていた。カレーは酸味がやや利いており、スパイシーでもなく家庭風でもない独特の味がした。開店一番乗りで入ったが、すぐに常連さんらしき客で店は埋まっていった。

那智海岸へ。
海水浴場に向かう道を走ると、跨線橋を渡って海岸の北端に出たが、駐車場はやっておらず、海水浴客もいなかった。
道を戻り、那智駅に隣接した道の駅のパーキングに車を止め、徒歩で海岸に出た。広いビーチの南の方に、三、四人ほど泳いでいる人がいたが、あとは無人だった。
水は凪いでいた。透き通っていてきれいだった。ゴーグルとシュノーケルをつけて海に入ると、水の底に陽光が反射してきらきら光っていた。底は砂地で海藻はほとんど生えておらず、障害物が何もないため、景色としては殺風景だったが、砂漠の空を飛んでいる気分を味わえた。
魚は、いないわけではなかった。手のひらよりやや小さいサイズのフグをよく見かけた。あと、人の足がつく深さを、50センチくらいの鯛が悠然と泳いでいるのも見た。水は温かく、時々温まった水で目の前が陽炎みたいに揺れた。
2時間近くシュノーケリングをした。

道の駅に浴場があるようだったので、入って行こうと思い玄関に向かったが、臨時休業と紙が貼ってあった。仕方なく、腕や顔や足だけを玄関にあったホースの水で洗い流した。

串本の紀伊大島にナビをセットした。那智から1時間と少しで着いた。

紀伊大島の端にあるトルコ記念館へ。なぜここにあるのかというと、明治期にオスマン帝国の軍艦エルトゥール号が串本沖で遭難し、遭難者を日本人の漁師が救助したというエピソードがあるからだった。
それよりも気になったのはアタテュルク像だった。トルコ共和国が親善のために寄進したらしい。しかし、日本においてケマル・アタテュルクの名前は、それほど有名とはいえない。過去、アルカーイダやISISのことをニュースで知る度に、ムスリムで政教分離国家を建国したこの人のことが思い浮かんだ。
像の周りには誰もいなかったので、話しかけた。アフガンがこういうことになっていますが、あなたはどう思います云々。

4時になった。早いが、夕飯を先に食べてから宿に行くことにした。
紀伊大島から串本市街地に戻り、『サンドリア』という地域型ファミレスに入った。漁師丼とわかめうどんのセットを頼んだ。今日は朝昼晩すべてうどんを食べていることに、注文してから気づいた。

漁師丼はタレが旨かった。うどんも腰があって出汁は関西風で旨かった。レストランの外に出ると体育館が見えた。壁に絵が描かれていた。どうやって描いたのだろうと思った。

本州最南端の岬へ。宿のチェックイン前に、岬から海を眺めた。そのあたりは、ドッグランにするには最適な広場になっていた。しかし、色々と禁止事項が多いようだった。
すぐ近くの宿にチェックインした。真っ先に風呂に入った。風呂のお湯が大変熱かったので、水を出しっぱなしにして埋めつつ入った。
上がってから、部屋から海を眺めた。日が沈みつつあり、沖合がオレンジから藍色のグラデーションに染まっていた。

小林くんの件を、元マグのメンバーだった望月にメールをした。返事が返ってきていた。彼は何度もイルカ団に出たことがあり、かなりショックを受けていた。
死因について、遺族の方は伏せる意向とのことだったが、自殺ではない。これは確かだ。そこだけは書いておいていいと思った。

部屋で、買ってきたビールを飲む。
9時過ぎ就寝。