『女優の夜』とタカラ野球カードと中二

 『hon-nin』に載っていた荻野目慶子と吉田豪の対談が気になって仕方なく、図書館で『女優の夜』を借りた。
 2時間ほどで一気に読み、
 「はーっ…」
 と、緊張から解放された時にするのと同じため息をついた。

 荻野目慶子の自宅で、不倫関係にあった河合義隆が自殺した事件は、なんとなく記憶している。
 河合義隆のことはまったく知らない。
 映画『Ronin』の監督をした人らしい。
 坂本竜馬を主役にした幕末映画だが、主演が武田鉄矢というだけで当時すでに、
 (なんか、ダサいね)
 という雰囲気があったが。

 『女優の夜』にはその河合監督との不倫生活が綴られている。
 仕事が来なくなった男が崩れていく過程。
 (アチャー…)
 という感想抜きには読めない内容だった。
 男の立場で読んでいるからだろう。
 いや、男が読んだら、河合監督の立場や、のちに不倫関係を持った深作欣二監督の立場で読まざるを得ない。

 女が読んだら、どう思うのだろう?
 共感するのか?
 嫌悪するのか?

 河合監督は演出する際、
 「お前は愛がない」
 というだめ出しをするようだ。
 が、そのだめ出しの説得力は、社会的に河合監督がしっかりしている場合と、そうでない場合において、大きい差があると思う。
 荻野目慶子に対しても、
 「君は愛を知らない!」
 と叫んで、そのまま屋上に上がって飛び降りようとしたらしい。

 たぶん、追い縋ってくるのがわかっているから、そんなことができたんだろうな、その時は。
 彼女の部屋で自死を選んだのも、そうすることで自分の死が最大限に彼女に届くと思ってそうしたんだろうな。
 そして、河合監督がそういう風に変わっていったのも、彼女とつき合ったからなんだろうな。
 だからといって、彼女がわざとそうしたわけじゃなく、個性と個性の巡り合わせの触媒作用でそうなってしまったんだろうな。
 だろうな、だろうな、と推測でしか語れないが、当たったからといってどうなるというもんでもない。

 夕方実家へ。
 牛モモステーキを焼いて食べる。

 最近、というより今年、いやむしろここ数年、発声練習でやる呼吸をちゃんとしていなかった。
 臍下丹田に息をためる呼吸は、自律神経を穏やかに保つのだが、そういえばここ数年、体調の変化が極端だ。
 年をとっただけだと思っていた。

 野球は、中日、阪神、日ハム、ソフトバンクが勝った。
 直接対決で1勝2敗と負け越したのに、しつこく食い下がる阪神。
 ゲーム差は5.0
 まだ、ペナントの行方はわからん。
 そう思わせないといけない。

 しつこく野球の話。
 中学生の頃、野球カードというものがはやった。
 カルビーのポテトチップスにおまけでついてくるカードではない。
 トランプみたいなカードで、おもちゃ屋に売っていたやつだ。
 タカラから発売されていたと思う。

 表面には選手の写真と、前年度の成績が印刷されている。
 裏面には二個のサイコロの出目と、それに対応した打撃内容が書かれている。
 たとえば、ぞろ目なら長打。
 あとはたとえば、1-2が内野ゴロ、1-3がセンター前ヒット、1-4がライトフライなど。

 これを使って野球ゲームをするのが流行した。
 使用するのはサイコロ二個。
 まず、守備側の者が投手のカードを場に置き、サイコロを振る。
 出目が偶数ならストライクコースで、奇数ならボールコース、ぞろ目なら、投手のランクによって空振りかそうでないかが決まる。
 空振りでなければ、次に攻撃側がサイコロを振る。
 ストライクコースなら足して6未満で見送り。6ならファール。7以上ならヒッティング。
 ボールコースなら8未満で見送り、8ならファール、8以上ならヒッティングだったか。
 ヒッティングになったら攻撃側はもう一度サイコロを振る。
 そして、出た目をバッターボックスに立っている選手のカードに照らし合わせる。
 それによって、凡打か安打かがきまる。
 そんなゲームだった。

 流行したのは中二の時。
 同級生の田村君や富田君や高橋君や津田君や今松君とやった。
 田村君はヤクルトファン。
 富田君は広島ファン。
 高橋君は大洋ファン。
 津田君は巨人ファン。
 今松君は阪神ファン。
 そしてわたくし塚本君が中日ファンだったのだ。
 見事にセリーグ6チームに分かれている。

 しかし、ファンだからといってカードも好きなチームを使うとは限らない。
 富田君は昭和58年度版の中日カードを持っており、それを使うと負けなしだった。
 オレが持っていたカードは中日、日ハム、阪急、南海、西武、大洋だった。
 好きなチームである中日のカードで負けるのは悔しいので、よく南海のカードで試合をした。
 門田が40本以上打った翌年だったので、ホームランの出目が4つもあった。
 仲間うちでも、あまり強くなかった。
 すぐ熱くなってしまうからだろう。

 あのカードは、いつ捨ててしまったのだろう?
 中二から中三にかけて熱心に遊んだが、高校に入ってから触れた記憶はまったくない。
 中学時代の仲間と離ればなれになったことも大きい。

 「野球カード」「サイコロ」で検索したら、タカラの野球カードのファンサイトがあった。
 懐かしい。

 これまでの人生で一番楽しかったのは中2の時だ。
 同意見の男性は結構多い。
 受験はまだ先の話で、身体は適当に大人になりつつあり、これまで知らなかった大人世界というものが地平線にうっすらと見えてくる時期だ。
 思春期のトンネルには微妙にまだ早いから、子供のような天真爛漫さで、大人未満のフィールドを駆け回ることができる。
 だから、あんなに楽しかったのか。

 そして、いちばんバカだったのも中2の時だ。
 町で見かけるバカそうな中学生の群れは、中2である確率が高いと思う。

 中2はバカだから、
 クーラーを万引きしようとしたり、
 口を開けっぱなしで歌番組を見たり、
 給食の牛乳は飲まない女子からもらって日々3本飲んだり、
 5本飲んで気持ち悪くなったり、
 12本飲んで掃除の時間に先生の机に吐いたり、
 排水溝にドンパッチを流して耳を澄ませてみたり、
 柔らかいマットめがけてバックドロップをかけたものの、直前にマットを片付けられて体育館の床に頭を強打し二人とも病院に運ばれたり、
 真冬の凍ったプールを滑って横断しようと試み、真ん中あたりで氷が割れ、凍え死にそうになったり、
 鎌倉の銭洗い弁天でキャッシュカードを洗ったり、
 神宮球場のヤクルトファン感謝デーで八重樫捕手にカンチョーして逃げたり、

 そうしたことを平気でする。平気じゃなくてもする。

 女子の方がやや先を行っていて、そうしたことを平気でする男子は、もてないカテゴリーに分類される。
 そのことに気づいた男子から順番に、中3モードに入っていく。
 この世に中2女子がいなかったら、世の中の男は永久に中2かも知れない。
 楽しい、かもしれないが、まず日本は全滅だろう。