チラシ写真撮影紀行

3時に起きる。
休日前なら、これから寝るという時間だ。
外は当然暗かった。
もそもそと着替え、自転車に乗って阿佐ヶ谷のレンタカー屋まで走った。

走りながら、自転車をどこに停めておいたものかを考えた。
車を返すのが何時になるかわからないが、阿佐ヶ谷から自宅まで歩いて帰るわけにはいかない。
駐輪場はまだあいていない。

仕方ないので道ばたに停めた。
持ってかれても仕方ない格好だ。

車を借り、まずは鶴マミを迎えにふじみ野市へ向かう。
環八を北へ。
ところが、笹目通りの分岐が昔と変わっていて、赤羽方面まで行ってしまった。
あわてて車を戻す。

鶴マミから住所を聞いていたので、カーナビと地図を頼りに彼女のうちの近所までたどり着く。
朝の5時半だった。
住宅地は誰もいない。
空は少し明るくなっていた。
電話をすると、まだ準備できていないとのことだった。
車を停め、歩いて家まで向かう。
待ち合わせ時間の6時丁度に、家の前に着いた。
ほぼ同時に鶴マミが出てきた。

ふじみ野から川越街道を環七まで戻る。
外環を使うか首都高を使うか迷ったのだが、板橋あたりから環七を走らせればほぼ真東に向かうのでそのルートをとった。
葛飾区で渋滞に巻き込まれた。
PHSが鳴った。
松本さんからだった。
「どのくらいで着きそうです?」
8時半目標ですと答えた。

京葉道路から高速に入る。
目指すは五井。
調子よく走らせていたが、千葉市付近でまたも渋滞に遭遇。
45分くらいかかってようやく南部に抜けた。
五井には予定より45分遅れで着いた。

小湊鐵道沿いを養老渓谷方面に向かう。
はじめのロケ地は里見駅。
無人駅だ。
古びた駅舎には駅員の姿がなく、ホームには客の姿がなかった。
運賃表を見ると、五井の駅までの運賃が940円もした。
1時間に1本くらいしか列車は来ないらしかった。

衣装に着替えた鶴マミを、松本さんは早速撮影し始める。
その間オレは、駅まわりの風景を眺め、色々と空想していた。
この町に住むのは、どういう気持ちがするのだろう。
車がないと大変不便だろう。
列車を利用するのはどういう人なのだろう。

そんなことを考えていると、五井方面行きの列車がやって来た。
古いデザインの、2両編成のディーゼル車だった。
自分のデジカメで写真を撮っていると、鶴マミが、
「車掌さん、女の子だ」
と言った。
「ほんと?」
「ええ。今時の、可愛い女の子でしたよ」
列車はすでに駅を離れていた。
「待て! 掃き溜めの鶴!」
叫びながらホームを追いかけてみた。

次の撮影ポイントは、養老渓谷周辺。
道は上勾配となり、家の数はまばらとなる。

養老渓谷そのものは観光地なので、よさそうな場所はなかった。
そこから亀山湖方面に少し行ったあたりに、木が伐採され、原っぱのように開けたところがあった。
車を停め、原っぱを森の入り口まで歩く。
原っぱの地面にはイノシシの足跡があった。
森の入り口は草と針葉樹で閉ざされており、侵入者を頑なに拒んでいた。
松本さんは森をバックに鶴マミを撮影した。
原っぱにはバッタが沢山いた。

他にもよさそうな森はないか探しながら、勝浦方面に車を走らせる。
工事中の道で停めると、流れの音が聞こえた。
手つかずの森に囲まれた渓流が、下の方に流れていたが、降りていくことはできなかった。

森の撮影はひとまず切り上げ、久留里線の無人駅を撮影することにした。
亀山湖から久留里線沿いに木更津方面に向かう。

久留里線は小湊鐵道とくらべ、JRの路線であり、そのため中途半端に新しかった。
アルミのゴミ箱がおかれていたり。
クリーム色のディーゼル車両だったり。

しかし、駅のロケーションは、小湊鉄道よりもいい加減だった。
民家と民家の間を抜けると、民家に囲まれた広場があり、そこが駅前広場だったり。

建物の感じは里見の方が良かったが、ともあれ無人駅での撮影を続けながら、車を木更津へと走らせた。

駅での撮影を何件か済ませてから、上総湊へ車をまわす。
いつの間にか時刻が3時を回っていたためだ。
日が沈む前に海岸での撮影を済まさないといけなかった。

上総湊の海岸は誰もいなかった。
打ち上げられた流木が海岸線を覆っていた。
にもかかわらず、こうした形で海に立ち寄れたのは嬉しかった。

波打ち際で撮影をする。
浜には沢山の貝殻が落ちており、どれもサイズが大きかった。
成長して死んだ貝なのだろう。
夏の終わりからふた月たった。
大きくて当たり前だ。

日没が近づき、撮影のための光量が落ちてきたので、海岸を後にする。
松本さんと鶴マミは電車に乗り、車内での撮影に移る。
オレは車を次の駅にまわして待っているという段取りだった。
先に駅についたら仮眠でもとろうと思っていたが、彼らの方がずっと速く駅に着いていた。
海岸沿いの曲がりくねった道を走る車と、駅までほぼまっすぐ走る電車では、待ち時間を考慮に入れても勝負にならない。
千葉には電車でいった方が良い。

撮影を終えた二人を君津駅で乗せた。
あとは東京に帰るだけだった。
高速を使おうか迷ったが、来る時と同じく渋滞らしかったのでやめにする。
湾岸道路沿いをのんびりと走る。
松本さんは撮った写真を確認していた。

車中、運転手に徹していたのだが、芝居のアイディアなどを色々と思いついた。
「こんなのどうでしょう?」
と二人に話してみると、反応が即かえってくるので、アイディアを出す環境としてはなかなか良かった。
アイディアは誰かに話すことで発酵が一段階進む。
道理で、藤子不二雄は二人でやっていたわけだ。

船橋を過ぎ浦安を過ぎ葛西を過ぎた。
腹も空いていたのでどこかのファミレスでも入ろうと思っていたが、探してみると案外ないものだ。
永代通り沿いを都心に向かって走り、夜の9時過ぎに神保町近辺についた。
電機大学近くのジョナサンでようやく夕食にありつけた。

ファミレスを探す前、
「どこか、コンセントのあるところがいいですね」
と松本さんは話していた。
店員が掃除機をつなぐ時につかうコンセントが、壁の下にあるような店。
そこから電気を拝借すれば、今日撮った写真をパソコンで確認できるというわけだ。
神保町のジョナサンでコンセントを探してみたが、どこにもなかった。
松本さんは店をくまなく探したが、
「ありましたけど、蓋がされてましたよ」
と戻ってきた。

ようやくありつけた夕食を猛ダッシュで平らげてから、撮影データをオレのパソコンにコピーした。
それをその場でCDに焼いた。
バッテリーが保つか不安だったが、なんとか焼けたので、松本さんにそれを渡す。
あとはそのままパソコンで、撮影した写真の検討をする。
画素数が大きいので、さくさく閲覧することはできなかったが、ある程度の絞り込みを三人でできたのは良かったと思う。
11時過ぎにバッテリーが切れ、絞り込み作業は終了。
そして今日の撮影も終了。

松本さんを神保町駅で降ろしてから、鶴マミをふじみ野に送った。
時刻は11時半を回っていたから、川越街道は込んでいなかった。
1時に鶴マミ宅に到着。
笹目通りまで戻り、ガソリンを入れ、阿佐ヶ谷に車を返す。
停めていた自転車は、場所を移動されていたが、撤去はされていなかった。
雨が強く降っていた。
2時帰宅。
シャワーを浴びてから、今日撮った写真をサイトにアップした。
3時過ぎに作業終了。
3時に起きて3時過ぎに寝る。
気がつけば完徹。
久しぶりのことだ。