フィンを積み忘れ往復200キロ近く走る

4時50分起き。

窓の外に大きな蛾がいた。オオミズアオだろうか。

5時過ぎに宿を出る。宿の目の前が海水浴場だった。

車に乗って、本州最南端の潮岬へ。朝早いためか、誰もいなかった。

下の岩場に降りる階段を見つけた。四年前に来たときは気がつかなかった。下りると、岩場が沖まで続いており、その岩場をクレ岬というらしかった。海は、岩山の影になって見えなかった。岬の先端まで岩場を歩いて行こうか迷ったが、履いているのがビーチサンダルだったのでやめにした。

本州最南端のファマリーマートへ行き、朝飯にカップうどんを食べた。どん兵衛だったが、味が関西風に調整されているのか、汁があっさり薄味で美味しかった。

橋杭岩へ行き8時半まで時間をつぶし、8時45分にダイビングサービスへ。

車を止める場所がわからなかったので、ガイドさんに聞き、港に止めた。受付用紙に記入し、ブリーフィングをして、9時50分頃に1本目を潜ることになった。

今日のお客は自分一人だけだった。船長、ガイドさん、そして自分の三人で船に乗った。

ポイントに着き、バックロールでエントリーした。カメラを借りたのだが、受け渡しは潜降してからすることになった。潜降はロープ潜降だった。最初の5メートルくらいは透明度が低く、ガイドさんの姿を見失わないように気をつけた。

水深15メートルほどの水は、まあまあ冷たかった。ブリーフィングの時、ここ数日の水温が大変低かったという話を聞いた。黒潮蛇行が元に戻った影響なのか、17度という低さらしかった。冬みたいな水温だ。

しかし、今日はそこまで冷たくはなかった。

カメラを受け取り、生き物を紹介されるたびにシャッターを押した。機種は定番のOLYMPUS TG-7 だった。基本はマクロのフラッシュで撮るようにし、魚の群れや面白い地形があった時だけ、ワイドにした。

底の方はそれほど濁っていなかったが、水深10メートルより浅くなると透明度5メートルほどになった。浮上するロープにアオリイカがまとわりついていた。

船でいったん港に戻る。船長さんから水温について聞かれ、そんなに冷たくなかったと答えると、意外そうな顔をしていた。昨日まではかなり冷たかったらしい。

ショップで休憩していると、塀のところで何かがぶつかる音がした。スクーターが転倒したらしい。その後ろに車が止まっていた。追突されたのかと思った。しかし、どうやらスクーターに乗っている人が自分で転んだらしく、車の人は心配で止まっただけのようだった。ガイドさんが救急車を呼んだが、スクーターに乗っていた人は記憶が飛んでいたらしく、なぜ転んだのかわかっていないらしかった。

2本目は、今朝ぐるっと回った潮岬の西側だった。1本目同様、潜降してしばらく透明度は低かったが、底に到達すると視界はややクリアになった。

PG-7 を借りるのは3度目だった。前回、前々回とも、動画を撮り過ぎて途中でバッテリーがなくなってしまった。今回は、マクロを中心に撮るよう心がけた。しかし、距離感や、ピント合わせとシャッターを押すタイミングの撮り方など、まったく下手くそだった。

エキジットしてから、ガイドさんからカメラについて意見を聞く。やっぱり、持った方がいいという意見だった。Go Pro は簡単だが、寄りに弱いとのこと。先日ビアガーデンで飲んだコナミさんは、このショップの常連らしいが、ガイドさん曰く「彼女はストロボ二本持ちになりましたよ」とのことだった。カメラに内蔵されているフラッシュでは満足できないからだそうだ。

そこまで本格的になるには、生き物について興味がないといけない。

ダイビングを始めて二年以上経つが、ガイドさんにその都度教えてもらう生き物が、まったく覚えられない。自分でも、覚えられないことがわかっているから、水中で示されても興味が持てずにいる。

生き物に興味がないわけではない。ただ、その名前や、希少であるか否かの属性を、見た生き物と結びつけて覚えることが、ひどく苦手だ。

思えば、子供の頃からそうだった。ウルトラマン、仮面ライダー、戦隊もの、ロボットアニメなどに、まったく興味が持てなかった。怪獣や敵の名前をまったく覚えられないのだ。というより、興味が持てなかったために覚えられなかった。この頃の感じは、今の自分が海の生き物に対して抱いている感じにつながっている。

ただ、小学生の頃は、友達と話を合わせる必要上、頑張って再放送を見ていた。『ガンダム』もはじめのうちはそうだった。モビルスーツというものにまったく興味が湧かなかったため、アニメを見ずにいたのだが、これも、クラスの友達と話を合わせる必要から再放送を見た。そして、モビルスーツ以外の要素を好きになった。

利尻島の湿原を歩いた時、もし自分が昆虫や高山植物や鳥に興味があったとしたら、今の何十倍も楽しいだろうと思った。同じように、もし自分がマクロ生物に興味があったら、いつ潜っても楽しいだろう。

しかし、興味を持つということは、意図してそうなれることではない。フリでもいいからやってみようと思うが、そういう時のフリは、なぜかとてもストレスがたまる。

だから今のところ、無理して興味を持っているフリはしないようにしているが、水中で示された生き物と名前は、覚えようとはしている。ただ、まったく覚えられないが。

ガイドさんと雑談し、1時40分頃にダイビングセンターをあとにした。

レストランなどはお昼の営業が終わる頃合いだったので、再び本州最南端のファミリーマートへ行き、昼飯にカップラーメンとパンを食べた。無理して土地の美味い店を探すことはないと、最近思うようになってきた。ここ一番の店さえ押さえておけばいい。

ナビを銚子川にセットし、車を北へ走らせた。今夜の宿は銚子川より南にあるので、少し過ぎることになる。4時前に銚子川に着けば、持っているマスクとシュノーケルで小一時間くらい川遊びができるだろう。フィンを履いて潜水してみるのもいい。

新宮市に入る手前だった。ふと、フィンをトランクに積み忘れたのではないかと心配になった。

機材をトランクにしまった時のことを思いだす。機材を洗い、軽く乾かしている間にシャワーを浴び、着替えてから、メッシュバッグ、BC、レギュレーターをメッシュバックにしまい、グローブ、ブーツ、マスクとシュノーケルも同じようにしまった。この時、メッシュバッグに一番最初に入れるのはフィンなのに、入れ忘れたなあと思った。しかし、ウェットスーツはメッシュバッグから出した状態にするし、フィンも同じでいいか、と思った。

そうだ、フィンはウェットスーツと一緒に、トランクの中、メッシュバッグの横に置いたはずだ。そうに違いない。

新宮市を通り抜け、昨日渋滞していた熊野の道を北上し、自動車道に入った。そこからは、銚子川の北にある海山ICまでノンストップだった。

海山ICで自動車道を下り、42号線を南に戻った。洋菓子店『エトワール菊屋』の前を通り、銚子川の橋を渡ってすぐ左折し、まいこみ淵の駐車場に入った。時刻は4時近くになっていた。まだ日は高く、川遊びをするには十分明るかった。お盆明けの平日のせいか、駐車場にはそれほど車は停まっていなかった。

車を降りてトランクをあけ、愕然とした。フィンがなかった。やはり、しまい忘れていたのだ。

5秒ほどフリーズしたが、すぐ、串本のショップに電話をし、ガイドさんに事情を話し、フィンを外に置きっぱなしにしてくれるよう頼んだ。

車に乗り、ナビを再び串本にセットし、駐車場を出た。駐車場にいた時間はたぶん5分足らずだった。

串本から銚子川までの距離は100キロ近くあった。高井戸ICから甲府南ICくらいだと考えると気が沈んだ。

それよりも、今夜の予定との兼ね合いを考えなくてはならなかった。串本で潜ったあとは、尾鷲の九鬼に宿をとっていたが、それまでは特に予定は立てていなかったが、時間的には余裕があったので、銚子川で少し泳いでから、尾鷲で夕食を食べ、温泉に入ってから宿にチェックインしようと考えていた。しかし、串本に戻るとなると、時間的に温泉まではとても無理だ。チェックインは7時半にしていたと思うが、串本に着くのは何時になるか。もし5時半までに着かなければ、けっこう厳しいだろう。

せめて新宮市に入った時、車を止めてトランクを確認していれば、戻る距離は半分以下で良かった。そうしていれば、銚子川の川遊びは無理でも、食事と温泉くらいの時間は十分とれたはずだ。

ガソリンの残量も気になった。串本まで行って、戻ってくる時に空になっても、夜になるとやっていないスタンドが多いので、満タンにしておくべきだった。尾鷲、熊野と南下し、42号線沿いのセルフのスタンドでガソリンを満タンにした。半分くらい減っていた。ともあれホッとした。

ただ、こういうトラブルも一人旅の醍醐味だなあと思う。乗る船を間違えて置き去りにされたり、車をこすったり、電車の人身事故で野宿したり、そういう目にあっても、一人なら雰囲気を気にすることはない。連れがいたら大変だ。

串本のショップに着いたのは夕方の5時50分だった。フィンはテーブルの上に置かれていた。それをトランクにしまい、ナビを九鬼の宿に設定した。走らせる前に、宿のチェックイン時刻を確認した。すると、7時半ではなく8時半となっていた。勘違いしていたらしい。もし予定通り行動していたら、遅く感じる時間だったかもしれない。

車を九鬼に向かって走らせた。

新宮を過ぎ、熊野を通り抜ける途中で、日が沈んだ。熊野大泊ICまでの一般道は、思ったよりも道が暗かった。

熊野大泊ICから熊野尾鷲道路を北上する。尾鷲市側の42号から南下し、ファマリーマートのある道を左折してトンネルを抜けるルートを想像していたのだが、ナビは三木里ICで下りるように案内し、そのまま国道311号線へと車を導いた。311号線を海沿いに北上して九鬼港を目指すルートだった。

この道が真っ暗だった。途中、コンビニもなく、このまま目的地まで行くしかないと思いながら、運転に集中した。

JR九鬼駅の前に出たので、そこでいったん車を止めてひと息ついた。時刻は8時45分だった。チェックインまでには時間があった。そこから、トンネルを抜けて42号沿いにあるファマリーマートに向かった。本来予定していたルートの逆走だ。

ファマリーマートで、おにぎり、パン、缶サワーなどを買い、再びトンネル経由で九鬼に戻った。

車を止める場所を探しながら港をゆっくり走っていると、空き地に生き物の影が見えた。車を止めて見てみると、鹿が数頭いて、草を食べていた。

鹿は、その空き地だけでなく、隣の空き地にもいた。九鬼は鹿が普通にいる町なのだろうか?

9時半に宿へ。説明を聞き、部屋に入り、ようやくホッとする。冷房は簡易式のもので、スイッチを入れてみたが、部屋は一向に涼しくならなかった。しかし、冷房機の風自体は冷たかったので、その風を浴びながら、夕食のパンとおにぎりを食べた。今日の食事は朝昼晩、すべてファミリーマートだった。昨日の昼もそうだ。

鹿の写真を撮れなかったのは、運転に集中していたためだった。たぶん、撮ろうと思ってしまうような精神状態だったら、途中で事故を起こしていたのではないか。串本往復はキツかったが、紀伊半島東岸の距離感はかなりつかめたのは良かったと思う。

冷房はむしろ部屋の温度を上げているような気がしたので、止めて、窓を開けてみた。すると、外の空気の方がよほど涼しく、部屋の温度が下がっていくのがわかった。これで寝られそうだとホッとした。

11時過ぎ就寝。