楽屋のご隠居気分

 昼の三時からゲネをやり、四時からチラシの挟み込みを手伝った。
 上演時間が短いのに出演者はたくさんいるので、掃除などの雑用仕事はあっという間に片付いてしまう。
 仕事がなくなると楽屋の洗面台前に座って本を読む。
 三月に『動物大集会』を演出したときもそうしていた。

 洗面台の前はロビーと楽屋を結ぶ通路でもあるので、座っていると出演者が横切っていく。
 洗面台を使う人からはお辞儀をされる。
 <チーム下剋上>の篠本さんは僕が読んでいる本が気になるようだった。
 「昨日と違う本ですね」
 「うむ、まあ」
 「昨日は、妻を帽子と・・・?」
 「あれは面白いよ」
 本の内容を簡単に説明すると彼女は素直に感心して楽屋に戻っていった。

 楽屋から柴崎さんが来た。
 「塚本先生。キツい駄目出しと、そうでない駄目出しをお願いします」
 彼女は主役の<月雄>という少年役をやっている。
 「キツい駄目出しかどうかわからないけど、台詞をシリアスに叫ぶと月雄が被害者っぽく見えるなあ」
 「ああ」
 「理不尽なことをされている怒りよりは、むしろ驚きを核にした方がいいんじゃないかな」
 「なるほど」
 「でも柴崎さんはこの芝居で損はしていないと思うよ」
 「ほんとですか。ありがとうございます」

 開演してすぐに出番がきた。
 主人公の<月雄>がなかなか生まれずにやきもきしている祖母と産婆のシーンだ。
 そこで産婆の台詞をいくつか喋ればあとはカーテンコールまでほとんど出番はない。
 可もなく不可もなくシーンをこなし、洗面台の前に戻った。
 そして舞台で芝居をしている間、「小説家への道」というムック本を読んだ。
 本番中なので明かりは暗かったが、かえって集中できた。

 カーテンコールを終えロビーに出る。
 松本、望月、山崎が見に来てくれた。
 「この長さはちょうどいいね」
 と松本君は言った。
 「それは短いからいいってこと?」
 「そう。この長さが、ちょうどいいと思った」

 王子小劇場の裏手にある<喜満々>という店へ行き、四人で飲んだ。
 「いつドカさん出てくるのかなって思いましたよ」
 と望月が言った。
 「台詞があるのは最初だけなんだよ。途中に出てくるコロスの中にいるよ俺」
 「そっち見てないもん」
 松本健ちゃんが言った。
 「あと一回くらい出てくると面白かったな」
 「私は、犬のぬいぐるみが面白くて」
 山崎はそう言って笑った。

 十二時過ぎまで飲んだ。
 終電の時間が気になったので、お金を出して先に店を出た。

 飲んでいる時にほとんどつまみを口にしなかったため、武蔵小金井に着いた頃には腹が減っていた。
 さぬきうどんの店に入り、かけうどんの小を食べた。
 うちに帰ったのは一時半だった。
 気が高ぶって眠れず、明け方近くまで起きていた。