待ちの日

 まず朝。
 3時半に石川君からの電話で起きる。
 車に乗せられ日暮里へ。
 松島君の実家へ着いてから着替えをし、不忍通り沿いのジョナサンへ。
 「6時くらいまで待機して下さい」
 とのこと。
 パンケーキを頼み、コーヒーを2杯飲み、昨日買った「グインサーガ」を読んだ。

 6時に糸長さんが迎えに来た。
 坂道のシーンを撮る。
 早朝なので人通りがないと思っていたが、朝のウォーキングや犬の散歩をする人がよく通った。
 その坂は富士見坂といい、今でも天気のいい日には富士山が見えるらしい。
 今日は見えなかった。

 7時半から再びジョナサンで待機する。
 コーヒーを2杯飲み、紅茶を1杯飲む。
 読む本がなくなってしまったので、ノートにマグの制作に関する覚え書きなどをしたためているうちに10時になった。
 石川君から電話。
 「10時半くらいまで撮影時間が伸びそうです」
 しかしジョナサンにいるのも飽きたので外に出た。

 コンビニで立ち読みをしてから、そのまま小一時間ほど小さな公園のベンチに座っていた。
 10時半に石川君から電話。
 「今、終わりましたので、松島さんのうちまで戻ってきてください」
 「了解しました」
 電話を切った瞬間、目の前を松島君が通りかかった。
 呼びに来たらしい。
 そのまま次の現場に行く。

 商店街のシーン。
 人通りが途絶えた隙を狙って撮影した。
 しがし、お昼前の時間帯にそれは難しかった。
 歩いている人を止めても、
 「急いでるんだよ!」
 と怒られる。
 当たり前だ。
 それでも一瞬の隙をついて短いシーンを撮った。

 商店街にある定食屋で昼飯。
 マンガが沢山置いてあった。
 あだち充の「タッチ」を手に取り、柏葉監督登場あたりから読む。
 本棚には小説も置いてあった。
 しかし「龍馬がゆく」文庫本全8巻を読む客などいるのだろうか。
 よほど通い詰めないと読破できないだろうに。

 食後、再び待ち時間となる。
 「次は3時頃になります」
 その時点で12時だった。
 ジョナサンで待つのはもうイヤだったので、ロケ地の谷中周辺を歩き回ることにする。

 商店街から日暮里駅方面に歩く。
 坂を上がりきったところには猫が集う空き地があった。
 何匹かの猫が腹這いになり、携帯カメラを手にした道行く人の被写体になっている。
 どの猫も太っていて顔がまん丸だった。
 餌に不自由していないのだろう。

 日暮里駅で本屋に入り、「紙のプロレス」を熟読した。
 ミルコ・クロコップ対ジョシュ・バーネット戦についての記事が載っていた。
 格闘技専門誌などを見る限り、ミルコ有利の声が大きい。
 が、永田よりはジョシュの方が、いい戦いをする予感はある。
 パンクラスの王者でもあるし。
 若いし。

 1時間弱立ち読みをし、日暮里駅東口から尾久橋通りを渡る。
 そこは住宅地だった。
 駅の西と東では、町の様相が全く違う。
 情緒漂う西口の谷中に比べると、東口の東日暮里は中途半端に古びていて、歩いていてもあまり面白くはなかった。
 西日暮里まで歩く。
 19歳の夏、道路警備のバイトをした道を通る。
 風景はその頃とあまり変わっていないように見えた。

 不忍通りに抜け、谷中へと戻る。
 歩き疲れたが、一日に三度もジョナサンに入るのは気が滅入るので、朝いた公園で同じようにベンチに座った。
 40分ほどそこで時間をつぶすと、ようやく3時になった。

 墓地のシーンを撮影する。
 撮影スタッフで霊園をうろうろしていると、警備員の格好をした墓場の管理人がこちらをじっと見ていた。
 カメラや音声の機材にブルーシートなど沢山の荷物を抱えた、服装がバラバラの連中が昼間から墓場をうろうろしていれば、そりゃ怪しいだろう。
 案の定管理人はこちらにやってきた。
 「こんなところでなにやってんです!」

 松島君が釈明している間に他のスタッフは墓場を脱出した。
 ロケ現場を移動し、もっと人気のないところを探すことになった。

 新しく決まったロケ現場は、JRのガード下だった。
 そこで数カット撮影する。
 血糊のべったりとついた包丁を持って演技をするので、確かに人気のない場所はありがたい。

 数カット撮ってから松島君のうちに戻る。
 夕方5時過ぎだった。
 松島君のお母さんが、みんなのために豚汁とメンチカツを用意してくれていた。
 ありがたいことにご飯まで炊かれていた。
 ごちそうになる。

 テレビではJリーグの試合を中継していた。
 鹿島対浦和。
 浦和が3?2で買った。
 スタジアムは鹿島だったので、試合が終わった瞬間スタンドにいるサポーターは身動き一つしていなかった。
 身動き一つしない群衆がスタンドにいて、鹿島イレブンを見下ろしているという構図は、かなり恐ろしい。

 負けた腹いせなのかわからないが、ファンがグラウンドに降り、アントラーズの誰かに殴りかかっていた。
 それを他の者が止めに入る。
 「うわ、ケンカしてるよ」
 その瞬間、地震が起きた。

 東京は震度3だった。
 新潟中越部が震源地らしく、新潟県では震度6を記録していた。
 10分ほどしてまた地震が起きた。
 今度も新潟が震源地だった。

 その後1時間ばかり待ちになる。
 松島君のうちで横になっていた。
 横になっていると3度目の地震が起きた。
 新潟ではまた震度6を記録したらしい。
 新幹線も脱線したらしい。

 7時半頃、松島君達が戻ってきた。
 本日最後のシーンは浅草橋のオフィスが現場なので、車で移動する。

 オフィス内のシーンは、今日の撮影で唯一台詞があった。
 体力的には一番参っていたが、夜という設定だったのでこれはこれでありかなと思う。
 3カットほど撮り、無事終了。
 「ほんとにお疲れ様でした。待ちばかりで、ほんとすみません」
 計算してみると、早朝1時間、朝3時間、昼3時間、夕方1時間、合計で8時間が待ち時間だった。

 糸長さんが車で小金井まで送ってくれた。
 これは非常にありがたかった。
 車中で寝ていられたからだ。

 10時頃帰宅。
 昨日作ったシチューとパンを食べ、シャワーを浴びる。
 CDTVを執念で見る。
 安室奈美恵が新曲を歌っていた。
 2年前くらいの安室奈美恵は、見た目に精神的危うさが感じられたが、今年になってずいぶん落ち着いたのか、声量も踊りもかつてないほど調子良さそうに見える。
 母親の死や離婚など、心が折られるような出来事を乗り越えたためだろうか、いい意味で成熟したのだろう。
 どん底を経験し、はい上がってきた人は強い。

 そんなことを考える自分はもはやそれ以上睡魔にに勝てず、眠りのどん底へと落ちていくのだった。