稽古初日

 朝、天気予報で本日の予想最高気温を見ると、34度となっていた。
 まるで真夏だ。
 今年の残暑は長い。
 米は豊作だろう。

 『ハイデガーの思想』読了。
 ハイデガー哲学のガイドブックというべき新書だが、難解この上なかった。
 ハイデガーの弟子ボルノウの名前が出てきて、大学時代を思い出した。
 哲学の講義で、ボルノウの講義ノートをそのまま読み上げる教授がいたのだ。
 聞きながら延々と90分間ノートに写すだけの講義だったので、内容はまったく覚えていない。
 フレーズは覚えている。
 やたらと「ボルノウ先生は…」という言い方をしていた。

 考えてみたら、なぜ哲学という学問があるのかを、学校で一度も教わったことがない。
 「なぜ?」が哲学のスタート地点のはずなのに、その哲学の授業で「なぜ哲学という授業があるのか」を教えないのは肩手落ちもいいとこだ。

 夕方、有楽町線の千川へ。
 今日からパーマ企画公演の稽古が始まる。
 千早の社会教育会館というところへ行くと、役者はすでに揃っていた。
 椅子に座る間ももどかしく稽古をはじめる。

 今回の舞台は、女子刑務所。
 ラジオ体操が導入されたことで所内の風紀が向上した例が戦時中にあったらしく、それにインスパイアされて門肇さんが書いた作品だ。
 事務所のシーンからはじめる。
 新しく赴任してきた看守が、刑務所長と女性の職員から説明を受ける。
 看守を主宰の細井さんがやり、所長を猪口宰さん、女性職員を丹野薫さんがやる。
 細井さん、役の持つ二面性をどういう表現で現すかを探っていた。
 台詞がかなり入ってよどみのない猪口さんは手堅く地固めをし、この場面での紅一点丹野さんは猪口さんの築いた城の攻略を試みるといった構図が外から判断できる。

 続いて四人の女囚たちのシーンをやる。
 ボスキャラに三枝翠さん、いがみ合う二人に内山裕香子さんと長谷部歩さん、大人しい子に渡辺けい子さん。
 食事の取り合いによる喧嘩がメイン。
 ボスの三枝さんは喧嘩などには動じずどっしりと構え、大人しい子の渡辺さんは喧嘩を止めようとする。
 争いはもっぱら、内山さんと長谷部さんで行われる。
 ナンバー1を巡る争いは、己の全存在を賭けるゆえに滅多にないが、ナンバー2とナンバー3の争いは割としょっちゅうあるんじゃないだろうか?
 そんなことを思わせる闘争の構造があった。
 大雑把な動きをつけ、とりあえず立って稽古ができるようにする。
 細かい動きはまだまだ先の話だろう。

 日系二世を演じる高野アツシオ君のシーンを稽古。
 いわゆるはせず、かといって日本人のままでもないという微妙な役わり。
 相手役がいない日だったので、ヴァーチャルにその場を体験してもらうにとどめる。

 脱獄に失敗した第5の女囚をやるのは西野愛美さん。
 反省房らしきところから戻り、所長には恭順の意を表するが、実はまったく懲りていないというシーンを稽古。
 それまでのボス・三枝さんより、西野さんの方が実は強いという設定がある。
 「ボスの座を奪われた悔しさとかはないんですか?」
 と三枝さん。
 両方ありうると答える。

 そこまで稽古をすると時間がなくなってしまった。
 芝居がまだ無形のふわふわしたものである稽古初期は、膨大な選択肢が目の前にある。
 両方の未来の可能性を説明しようとすると、必然的に言葉の量は膨大になる。
 逆に本番直前には選択肢の多くはすでに決定済みだから、芝居が道に合っているかどうかを判断すればいい。
 言葉の量は少なくなる。

 稽古後、外に出ると、熱く湿った空気が立ち込めていた。
 熱帯夜みたいな夜だ。
 9月にしては珍しい。

 買い物をして11時帰宅。

 先週、インターネット接続が復活したが、電話が変な音を拾うようになった。
 何かのファンの回転音みたいな音がポコポコポコポコと延々聞こえ、それに自分の声がかぶると、宇宙人みたいになってしまう。
 モデムのせいだろうか?