メンタルケア

昼、健ちゃんがうちに来る。
制作の作業で、今のうちにできることをやっておこうと思い、名簿の整理と封筒の印刷、それからアンケート用紙の印刷を行った。

印刷はプリンターを使うのだが、インクのコストを工夫すればコピーよりも断然安くなる。
もちろん印字スピードは断然遅いが、本番前日の印刷ではないので、話をしながら淡々と用紙補給をすれば、しばらくすると何百枚もの用紙ができているというわけ。

鶴マミが風邪をこじらせ来られなかったので、二人でそうした作業をしつつ、縁側に座って世間話をするように、マグの制作話やこれからのことを話した。
夕方5時過ぎに健ちゃんは帰った。

7時に渋谷へ。
チラシデザインの打ち合わせをする。
今回はマグのチラシとしては初めて写真を使うので、松本さんがかつて撮影した写真を見せてもらったりする。
大判のフィルムで撮った写真の、アナログの美しさに見とれる。

構図やその他の話をした後、気分の浮き沈みについて話をする。
演劇をやっている人間は、本番にかけての数日間は、常に緊張を強いられた生活をする。
ただ、緊張を強いられているだけではなく、普段以上の元気さが求められる。
そのためか、本番が終わったときの脱力感は大変大きい。
緊張と弛緩のリズムが人間の精神に波を与えるとするならば、演劇に携わる人間は当然、極度の緊張と脱力によって、もともとあった精神リズムに大きな変化を強いられる。
つまり、芝居のないときでも、緊張と弛緩の振幅が大きくなり、気分が高揚するときも沈むときも人並み以上となるのだ。
これはもしかしたら、ひとつの職業病かもしれない。

演劇の場合、企業とは違って、携わる人々のメンタルケアをカンパニーが保証するということはない。
だから、公演直前に失踪する役者やスタッフの話はよく聞く。
企業でもそういうことは起きるのだろうが、演劇の方がケースとしては多いのではないかと思う。
幸い自分はまだそうなったことはないが、芝居が終わった時の虚脱感が極めて大きい時などは、何時間眠っても眠気が取れなくなるなどの症状は過去に経験したことがある。
バイクを運転していて、信号待ちしたときにうとうとするなど、かなり危険な状態だった。

11時半まで話し合う。
井の頭線を使って久我山までもどり、宮前のマクドナルドで遅い夕食。
窓の外は真っ暗で、時々五日市街道を車が走り抜けている。
深海を連想させる眺めで、急に恐ろしくなった。
12時半帰宅。

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